2014年08月20日

女性を援護していると見せかけて女性の敵ではなかろうか

国会議員の片山さつき氏について、別の話題でこのブログで批判したことがあるのだが、どうにもこの人の考え方に納得できない。
産経の取材で、女性の社会進出に関して答えているのだが、これがどうにも。
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140820/stt14082005000001-n1.htm

長いので末尾に全文引用した。

女の敵は女、という言葉もあるが、この人こそ女の敵ではなかろうか。
生え抜きということを強調しているがこの考え方がまず異常だ。
外から女性弁護士が参加してもお客さんで云々と。お茶くみからスタートせよと言っている。意味不明だ。

そもそも女性差別の根源とは何ぞや。
仕事をする能力と性別には関係がなく「女性だからダメだ」というのが問題の根本ではないのか。経営者、マネージャとして働く能力がありやなしや、そこが問題なのであってお茶くみしたかどうかなんて関係がない。一見理解があるように見せかけ、外から参加した女性弁護士はお茶くみで叩き上げてきた人には絶対にかなわないと決めつけているのだから女の敵だ。

まず、この人は過去の男社会を肯定してしまっている。その仕組みを肯定したうえで女も男のように働けばいいのよと言っている。この考え方が一般化すれば女性のみならず男性をも不幸にするだろう。
人間には適正の違いがあり、能力の差があり、生活上の事情というものがある。
それを無視して同じく働けというのが過去のやり方だ。
男性だけをみても、管理職に向く人現場に向く人、またそのカテゴリの中にあっても能力の差がある。仕事が正確な人、革新的なアイデアを持つ人、コツコツ真面目な人。それぞれ意味があり異なる人間である。さらに、人間は道具ではないので、時に病気になり時に親の介護をせねばならず時に子供の具合が悪くなる。
それを無視するように男に押し付け、そのひずみのしりぬぐいを女に押し付けてきたのがこれまでの社会ではないのか。
女性差別というが、男性もまた「こう生きろ」と強制されているわけでどちらも不幸なのである。

女性が男性と変わらず社会で力を発揮できるように、逆に男性がこれまでと違う場面でも生きることができるように社会を変革せねばならないだろう。
それには、個人の能力と適性を的確に判断する手法を見出さねばなるまい。ある人が管理職になれないのは個人の能力なのか差別なのか、明確にできねばなるまい。お茶くみしたからじゃあるまい。
口で言うのは簡単だが実際には困難は伴う。誰もが納得する判断尺度は実際には作れまい。
困難だからこそ、数々の試行錯誤が必要であるのに、お茶くみからたたき上げろではなんの意味もない。

さらに彼女の視点に生き方の多様性はあるのだろうか。
彼女は私が生きてきたように、私が望むようなラインに載れ、と言っていないか。
女性だろうが男性だろうがもっと多様な役割分担があってそれで生活できるような社会の方がよくはなかろうか。
企業や役所で上へ上へという人だけしか見ていないのではなかろうか。家庭を美しく治める人、店頭でお客様と触れ合う人、モノを作る人、人を助ける人、様々な人でこの世の中は成り立っているわけで、企業や役所の上の人だけが社会進出というわけじゃあるまいに。

現場より管理側に回りたいというのは韓国や中国に多い発想(儒教?)というが、自民党の保守派といえばその辺は否定してしかるべきではなかろうか。日本人ならもっと現場を尊敬する。

無論、企業や役所のえらいさんに女性が登用されることが悪いというのではない。だが寿司屋の板前に女性が進出することも同列に扱ってほしいものである。

引用ここから====
自民党の片山さつき参院議員 「生え抜き女性取締役育てよ!」「私は男性社会切り開いたパイオニア」
2014.8.20 05:00

 安倍晋三首相が「(社会の指導的地位に占める)女性の割合を2020(平成32)年までに3割にする」とおっしゃったのが、すごくうれしくって…。私自身も保守色の強い政治家ですし、家庭にいる女性の役割はとても大事だと思いますが、これは一つのチャンスですよね。

 日本では役所も含め、働く人の大半が被用者です。新卒で1つの組織に入り、ずっと勤める人がほとんど。女性もそう。鬱々悶々(もんもん)としている「サラリーウーマン」に手当てをしなければいけない。要するに、生え抜きの女性が「ガラスの天井」にぶつからないようにしないと、この問題は大きく前に進みません。

 シンボルが何人かいてもダメ。社外取締役に女性弁護士などを入れても、所詮お客さんでしかありません。日本人の感覚からすると、社内の人は「この人はお茶くみの苦労を知らないな」と思うでしょ?

 私も大蔵省(現財務省)に入省して最初の頃、土日出勤のときにお茶くみをしていましたよ。お茶をいれながら、課長や課長補佐と一言ずつ話をしていったんです。これはよかった。

 毎年とはいいませんが、やはり生え抜きの女性が続けて取締役になれるようにしなければいけません。そのためには、誰かが(組織に)残って「生え抜き」にならなければいけない。その「誰か」を育てる必要があります。

 取締役の予備軍を育てようと、3月に「女性活躍推進委員会」を立ち上げました。委員長は旭化成の伊藤一郎会長。女性の活用をかなりやっている日産自動車の小枝至名誉会長や、大蔵官僚時代からの知り合いの岩田喜美枝・21世紀職業財団会長らにも入ってもらいました。女性リーダー養成塾を開き、塾生のチューター(助言者)役をしてもらっています。

 塾生は今、15人。みんな社内で管理職にはなっている30代後半〜40代の女性たちです。運送、化学、金融など全くの異業種ですが、すでに相乗効果は出ていますよ。天地真理さんの歌じゃないけど「『ひとりじゃないってすてきなことね』効果」が出ているんです。

 塾生に1人、医師がいます。なんと医者の世界でも「ガラスの天井」はあるんですよ。医師の3割が女性ですが、都道府県の医師会長にほとんど女性がいないのをご存じですか。それに、いわゆる医師ランキングの上位にもあんまり入らない。弁護士も同じで、法廷弁護士としてすごく名が売れている女性弁護士はとても少ないんです。

 養成塾では、日本的なフィールドワークの仕方も学びます。物おじせずに言う部分と、いざとなったらまとめる部分の両方を持っていないといけないんですね。

 私、「本当の男性社会はどこにあるんだろう」って、1980(昭和55)年に考えたんです。東大の先輩に聞いたら「大蔵省だ」と言われました。中高の先輩でもある篠沢恭助元大蔵事務次官にも「大蔵省はいまだに税務署長や主計官になった女性がいない。パイオニアとして切り開かなきゃならないのはここだよ」と言われて。

 それで、切り開くために必死にやってきたんですよ。今考えてみたら、ほとんど私生活は犠牲になっていた。夫はよく耐えてくれたと思います。

 大蔵省では30代半ばまでに評価されないと上にいけない。30代後半になって、ようやく大きな組織の部長職で千何百人部下を持ったので「これで一段上がった」と思って、不妊治療のためにお医者さんに行ったんです。そしたら、その先生に「なんでもっと早く来なかったの」と言われました…。こういう女性っていっぱいいるんです。

 日本で女性が苦しんでいる理由は簡単で、長時間残業が多すぎる。だから働き過ぎをやめて、ワークシェア(1人当たりの労働時間を減らし、多くの人と仕事を分かち合うこと)を進めることが大事です。

 日本ではワークシェアリングという言葉は定着しているけど、実態が伴っていませんね。労働界自体が硬直的で古いからでしょう。決まり切ったコースを歩む男性社員を原型にしかしていない。

 男性の上司が「女性には大事な仕事は任せられない」と思い込むと、そこで業績が上がらなくなって、本人も悩んで辞めるケースが結構多いんです。すると、男性の上司は「女性はやる気がない」とますます引いてしまう。この悪循環が日本中で起きています。

 日本の女性は和の文化を重んじる大和なでしこで、賢い女性ほど相手を立てます。「男性を立てておいたほうが楽」という女性がいっぱいいます。「それで面白い仕事ができればいい」という専門職志向も多い。でも、専門職だけやられると、ジェネラルマネジャーは意外と難しいんですね。

 私は日本の典型的な男性社会で、男性と同じように階段を上ってきました。日本は働いている人の8割はサラリーマンで、みんなサラリーマンとしてのプライドを持っていますよね。

 その社会の中に、女性が入っていけるようにさせてあげたい。半分にしろとはいわないけど、「いるべき人はいる」という状況に持っていきたい。それは、経験してきた人間にしかできないと思っています。(豊田真由美)
引用ここまで====
posted by Mozzo at 19:12| Comment(0) | TrackBack(0) | まじめな正論! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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