2014年08月30日

役に立つ新商品を待っている

現代においてはもはや恥ずかしい話ではあるが、私は新しいものにはあまり興味がない。必要と判断すれば買ったり使ったりするが、話題になっているだけで飛びつく気はない。

たとえば携帯電話の最新機種だ最新機能だには見向きもしない。
もちろん携帯電話は使っているが、これは社会生活上仕方ないからだ。公衆電話がないとか即座に連絡がつくのが常識とか事情があるからだ。
したがって使っている機能といえば通話、電話帳、着信履歴、ごくたまにメール程度。
固定電話と公衆電話で成り立っていた昔の方が気楽だったなと思わなくもなく。また電話の取次ぎとか待ち合わせとか、はたまた電話番号を覚えるとか、人間の能力が下がっているのではなかろうかと思わなくもなく。

いきなり脱線する。LINEなるものが人気のようだが、運営会社が韓国の会社だってみんなわかって使っているのだろうか。日韓関係を鑑みて広報など韓国風味を消しているようではあるが、そんなものにデータを送って悪用されないか心配ではないのかね。まぁ子供同士のくだらないやり取りが漏れたところでなんだという話だが、政治家や公務員、企業経営者、重要な情報を扱う人はやめておいた方がいいような気がする。そのうち情報漏れの騒動が起きるかもね。

脱線はさておき。

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こんな具合だから拙宅には新しいものがあまりない。というか物があまりないのだが。
20年前にはなかったようなもの、というのがそれほどない。

PCとインターネットは20年前にもあったが進歩している。そこそこ新しいものについていっている。最後尾からついていくくらいだが。
PCは高性能の機種じゃなく、性能そこそこ節電型で小さいことが優先だ。動画、音楽、ブラウザ、ワープロくらいのことならそれほどの性能は要らぬ。
PCは古いものでは性能が追い付かない以前にOSが使えないとか買い替えざるを得ない状況に追い込まれている。また、音楽プレイヤー、ビデオプレイヤー、ワープロといった情報家電を駆逐し、一台にまとめてくれたのはありがたい。家庭によってはテレビやファクシミリ、写真アルバム、書籍もPCにしていることだろう。およそデータで表現できるものはPCで置き換え可能だ。
これは認めざるを得ない。
インターネットも今や外界とのやり取りには必須だ。メールもブラウザもなければ情報のやり取りが停止する。これも認めざるを得ない。

まぁ、こうして状況に追い込まれるかよっぽど気に入らねば新しいものには手を出さないのである。

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さてこれ以外にと身の回りを眺めてみても、めぼしいものは見つからない。
逆に落ち着いてみると古いものに手を出すことすらある。
たとえば字を書くなら今や超高性能のボールペンが安価に手に入るのである。滑らかだ耐水だかすれないだというナントカインクのボールペンが200円もしない。いや、3本100円で売られているような安価品ですら書くのには何の支障もない。
しかし、その100倍以上の値段の万年筆に手を出したりするのである。しかもインクはカートリッジ式ではなくインク壺からインクを吸うタイプとか。
何の意味もないが面白い。趣味とは実用ではないのだ。
必要のない最新機器に手を出すのも、実用性の低い古いものに手を出すのも、結局心の潤いなんである。

ここまで長い上に前ふりになっていない話であった。

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もろ手を挙げて賛成し、活用しているものもある。
交通系プリペイドカードである。
スイカだイコカだと各地の交通機関が発行しているプリペイドカードである。発酵されてから何年も経っているのではあるが、近年各社の互換性ができたこととコンビニをはじめ店頭でも使えるようになったため普及が進んでいるように見える。

何がいいと言って手間いらずであることだ。
ほんのワンタッチである。電車やバスはもちろんコンビニもこれ一枚。大変に便利だ。
私は不器用なので小銭を出すのがとろいのであるが、そんなことを心配せずともよい。

私が使って便利だというだけではない。これが普及されることで効率的になってもいるのだ。
おおもとの駅での利用というのは全体の効率化にはたいして役立っていない。
無論、定期券がなくとも直接改札に向かえるとか定期の乗り越し精算が改札でできるというのは個人にとっては効率がいいのだが、時間帯あたり改札を通れる最大人数が増えたわけではない。それ以前にも自動改札はあったし磁気式定期券、乗車券で通るのと大きな差異はない。
大変混雑する駅でも券売機の数が抑えられるメリットがある程度か。

なんといっても効果があるのはバスだ。
従来なら両替がどうの、小銭があるのないのともたもたする人がいて、その間バスは出発できない(前払い式の場合)。後払い式であっても終点ではなかなか降りられないということもあった。
それが最近はカードが普及したため大変に早い。小銭でもたもたするのが気になるのか、思いのほか中高年の利用が多い。
明らかにバスの発車が早い。さっと着いてピッピッピッで発車しまーすてなものだ。
これはバスが早く着くという効果もあるし、道路の渋滞を軽減する効果もあることだろう。

もちろん、問題は内在しているのかもしれぬ。店の初期費用や手数料負担はどうなっているのかとか、会社が乱立しすぎでもうちょっと統合すれば無駄が省けるのではなかろうかとか。
ま、問題があれば解決していただくとして、非接触式ICカードや通信モジュールなど技術を組み合わせて便利なものを世に提案してくれたことには感謝したいと思う。

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さて便利なこの交通系プリペイドカード。最新の技術が使われているかといえばどうだろうか。むろん、薄く小さく洗練されたとか、機器の性能が上がったいう意味での最新技術は使われているが、基礎技術や概念については20年前には完成していたともいえよう。

非接触式ICカードはずっと以前に実用化されていた。セキュリティシステムで入退室管理などに使われ始めたのはずいぶん前だ。当時はカードというか板というか財布に入れたら邪魔なほどの厚みではあったが。
バスや自動販売機で使うためには通信モジュールを使う。これは携帯電話の電波をを使って中央のサーバーと連絡をするためだ。携帯電話もデータ通信も今とは方式や性能が違うとはいえ、ずいぶん昔からあった。
その他、暗号化技術であるとか、中央のサーバーの性能であるとか、ネットワークの通信速度であるとか進歩したものは多数あろうが、交通系プリペイドカードが登場するために新たに登場したものはないのではなかろうか。

もちろん性能の向上が実現を可能にした一面はあろう。サーバーの性能や容量や価格が伴わないとビジネスにならんとか。20年前にそのまま実現できたとはいいがたい。技術的にできても商売にはならぬ。とはいえ、決して技術者だけでこのビジネスが出来上がったわけではないというのは明らかなのである。
技術を組み合わせ全体の絵を描いた人がいて、その絵を広げつなげた人がいるわけである。

無論、最先端の技術開発は重要な仕事ではあり細かいことを熟知していることも大事なのだが、その技術が「ざっくりこんなもん」と理解したうえでいろいろ組み合わせて新しいビジネスを作る仕事もまた重要なのである。
商品開発に携わる若い人の活躍を期待したいものだ。
posted by Mozzo at 20:36| Comment(0) | TrackBack(0) | まじめな正論! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ヘイトスピーチは違法! でいいのか

これでいいのかという報道。

引用ここから====
ヘイトスピーチの捜査・起訴を勧告 国連差別撤廃委
2014/8/29 23:37

 【ジュネーブ=共同】国連の人種差別撤廃委員会は29日、対日審査会合に関する「最終見解」を公表した。「ヘイトスピーチ」と呼ばれる人種差別的な街宣活動に懸念を表明、差別をあおる行為に関与した個人や団体を捜査し、必要な場合は起訴するよう勧告した。

 ヘイトスピーチをめぐっては、国連人権規約委員会も先月、対日審査の最終見解で懸念を示し、差別をあおる全ての宣伝活動の禁止を勧告したばかり。勧告に拘束力はないが、日本政府は迅速な対策を迫られそうだ。

 差別撤廃委の最終見解はヘイトスピーチに関し、人種差別的な暴力行為や嫌悪をあおる行為が必ずしも適切に捜査、起訴されていないことを懸念。嫌悪をあおる行為に関わった政治家ら公人に対しても、適切な制裁を下すよう求めた。
引用ここまで====

ヘイトスピーチ自体は下品な行為であると思う。
だが、「ヘイトスピーチだから取り締まれ」というのはどうかと思っている。

まず、個人を特定したものであれば侮辱罪、場合によっては脅迫罪などで対応すればよいわけで、わざわざヘイトスピーチなどと対立に着目するような概念を入れる必要はない。

では、あいまいな対象、つまり在日韓国人などと個人の名指しではなく集団を指している場合はどうなのか。
ここに二つの問題を感じる。

まず、以前にも述べたがこれは形だけ犯罪として抑え込んでも根本的解決につながらないということだ。きちんと納得ずくで黙らせねば意味がない。
「とにかく気に入らないから出ていけ、バカバカ」と言っているだけならそんなものにどんな合理性があるのか、と社会的に批判すればよい。それで黙らなければまさにダメな連中と社会から見放されるだけだ。
ヘイトスピーチをする連中は自分たちに理があるとしている。在日特権というやつだ。その特権が本当の話なのか、特権というほどのことなのか、議論をすべきだ。もちろん、不当な特権という結論が出れば改めればよろしい。結論が出た以上文句は言わさないと納得ずくでなければ解決はないだろう。
力で押し込んでも怨念は地に潜るだけでなくならない。
事実欧州ではナチス礼賛を非合法化したところでネオナチは勢いを持っている。

次に、バランスの問題だ。
根本解決につながらなくとも表面上ヘイトピーチを罰しろ、それが世界標準だ、というならそれはそれでもいい。
だが、特定の民族に対し憎悪を向け汚い言葉を吐くのが違法であるならば、中国や韓国のやっている反日教育もおなじ土俵で批判されねばならないのではないか。
事実認識に議論があることはもちろんあからさまな嘘を子供に吹き込み、日本人は残虐な民族だという教育をやっている。ある新聞記事によれば、中国で現地にいる日本人記者が現地の子供に会ったとき、その子は日本人と知るや「私を殴らないで」と泣いたという。そういう教育をしていることとヘイトスピーチとなにが違うのだ。

戦後これだけたってからこうした話が出るのはなぜか。新しい事実が見つかったわけじゃない。反日的な立場からのロビー活動の結果であろう。
向こうは日本を野蛮な下等な国だと永久に貶めたいのである。なにか政治的な働きかけが一方的に足りない。
posted by Mozzo at 03:02| Comment(0) | TrackBack(0) | まじめな正論! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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