2014年09月21日

iPhone6で転売屋が暗躍

iPhone6が発売されたそうな。行列ができたとかなんとか。
とはいえApple製品に縁はないし、そもそもスマホもなにも使ってないのであまり興味がない。

しかし、目を覆うような報道が。
大阪心斎橋のアップルストアには、買えなかった中国人が100人ほど店に乱入し暴れたという。警察がきて鎮圧するほどの騒ぎ。
「中国から買いに来たのに商品がないとはどういうことだ」と暴れたそうだ。アップルストア側からしたら知った話ではなかろうに。また、騒いでどうなるものではないという知性もないのか。他人事とはいえアップルストアが気の毒だ。

別の報道では、銀座など東京の繁華街のアップルストアで行列しているのが半分が中国人、半分がホームレス。それぞれ元締めらしき人が周囲を固めていたという。

これは日本だけの騒ぎではなく、豪州でも中国人が行列し麻雀をしていたなどとされる。

まぁこれをトンデモ記事、一時の騒動ともいえるのかもしれぬ。

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この騒動の背景にはiPhone6の中国における発売予定が未定というところにあるという。
供給能力や物流事情を考えれば、日本、米国、豪州と同じスケジュールで販売というわけにもいかないだろう。それで、他国で買ったiPhone6をプレミアを付けて中国で販売する商売が成立するというわけだ。
行列していた中国人のすべてが転売屋なのか、純粋なアップルファンもいたのかはわからぬが、旅費をかけてたった一台を買いに来るとは思えない。転売屋から買った方が安いだろう。ましてや元締めがコントロールするホームレスの人は確実に転売屋であろう。

この状況を「アップルって人気あるんだね〜」で看過していいのだろうか。

この転売組織がいかがわしい連中であるのは論を待たない。暴力団や中国マフィアとつながる連中である可能性は高い。振り込め詐欺やらオンライン詐欺をやっている連中と重なるのではなかろうか。なんにせよいかがわしい連中だ。そこに資金が流れてもいいのか。

またこうした転売組織が闊歩していることにより、それぞれの国の純粋なユーザーに商品がいきわたりにくくなっている問題もあろう。

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アップル側の視点で言えば、相手が誰であろうと売れればいいということなのかもしれない。転売屋を締め出しても何の利益にもつながらない。下手をして初期ロット売れ残りなんてことになればマイナスイメージだ。てな発想。
だが長い目でみると企業イメージの悪化は考えねばなるまい。
アップルの新商品発売に並ぶ奴はいかがわしい連中、かっこ悪い。枯れてから買うのが洗練されたアップルユーザーだよと考えるようになるかもしれない。
行列するほど熱狂的なアップルユーザーであっても前後の客層をみて幻滅しているのではなかろうか。

もちろん、企業論理の前にいかがわしい反社会的組織の収入減になっているならば公が動かねばなるまい。

日本に住所がない人には売らないとか、未開封の商品を海外に持ち出させないとか、やれることはあると思う。まともなユーザー登録(買った人がユーザー登録)がなければ使えないようにすることも技術的には可能だ。
posted by Mozzo at 04:20| Comment(0) | TrackBack(0) | まじめな正論! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

運転免許の筆記試験に通らない高校生が放置されている

一見トンデモ記事みたいな話題であるのだが。

引用ここから====
二輪免許試験に20回落ち…少年2人替え玉疑い
2014年09月06日 14時21分

 福岡県警南署は5日、普通自動二輪車免許を不正取得しようとした高校1年の男子生徒と無職少年(いずれも春日市内の16歳)を有印私文書偽造・同行使未遂容疑で福岡地検に送検して捜査を終結したと発表した。

 発表によると、2人は8月14日、福岡市南区の福岡自動車運転免許試験場で共謀。生徒の免許を不正取得しようと、少年が生徒の名前を答案用紙に記入して受験したが、発覚して目的を遂げられなかった疑い。

 生徒が顔写真付きの受験票で受け付けして、試験会場で少年と交代。試験開始後、監督の警察官に受験票の顔写真と少年の顔が違うと気づかれると、逃走したという。同署は同容疑で28日に少年を逮捕。29日に生徒も出頭した。

 容疑を認め、生徒は「筆記試験に約20回も落ちてしまったので、頼んだ」、少年は「見かねて受けた」と供述しているという。
2014年09月06日 14時21分 Copyright コピーライトマーク The Yomiuri Shimbun
引用ここまで====

ばかばかしい事件ではある。誰か死傷したわけでもなく、金品を奪われたわけでもない。オモシロ事件と言ってもいいのかもしれぬ。
だが、問題は試験に20回も落ちていることと、試験に通らない方が高校生、替え玉になったのが無職少年というところである。

運転免許の試験なんてものはそんなに難しいものではない。出題範囲が決まっているのだし、大学の入試のようにふるい落とすための試験でもない。知識が一定標準に達していればいいのだ。
日頃ペンを持つこともないような生活をしているなら筆記試験に慣れていないということもあろうが(それでも20回はおかしい)、現役高校生であるではないか。どんなレベルの低い高校でも入試はあったろうし、年に何度も試験があろうに。

なにか根本的な原因があるのだろう。
記事からそれは読み取れないが、こんな悪巧みをするくらいの知能はあるようだ。
5分と机に向かっていられない学習障害があるのかもしれぬが、それでも高校に入れるのであろうか。

いかに簡単な試験と言えど、丸暗記だけで対応できるものではない。漢字読み書きとか歴史の年号穴埋めなんてのとはちがう。
問題文を読んで意味を理解する程度の知力は必要である。
たとえば、学科講習で出てくる用語にヴェイパーロック現象、フェード現象、ハイドロプレーニング現象なんてのがある。どれもコントロールを失いかねない危険な現象であり、理屈は難しくない。それらの説明を丸暗記することはできるだろう。
しかしこれらの現象を防ぐ対策を絡めて出題されたら丸暗記では対応できない。意味がわからないといけない。
「雨の日にはハイドロプレーニング現象でフットブレーキが利かなくなる恐れがあるため、エンジンブレーキを使うべきだ。○か×か」
「長い下り坂ではフットブレーキを踏み続けるとヴェイパーロック現象を起こす可能性があるためポンピングブレーキを使うべきだ。○か×か」

こんな問題になると丸暗記では対応できない。理屈がわかっていないといかんのである。大した理屈ではないのだが。
学科講習や模擬試験問題を通じて運転者が知っておくべき知識体系というものが理解され、実際の運転に生かされることが期待されているのである。

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今回は間抜けな犯罪行為で摘発されたからよかったようなもので、本来であれば試験をパスする理解力がない者が何らかの方法で試験をパスする可能性もあるということだ。
適法な方法としては試験テクニック「のみ」磨く方法だ。大学の入学試験と違いふるい落とす試験ではないので難問奇問はない。出題パターンが限られているから文章を読めばわかる(程度の理解力は必要だが)。
不正なカンニングも実際に行われている。かつて中国人グループが無線を使ったカンニングを行って摘発された事件もあった。これが大規模なもので小型精密なイヤフォンを耳に入れ外部から正解を教えるというもの。栃木県足利市で組織的に行われていて、300人以上が不正に合格していたという。

不正はもちろんいかんが、適法でも試験をすり抜けることだけを考えているのではいかん。
安全運転に必要な法規と自動車の特性について、理解できない、理解していないから実践できないというのでは危険ではないか。

理屈がわからないというのはこわいものである。
日本は道路環境も悪くないし(狭いけど)、自動車の整備レベルも高いという。それでも、危険なケースは多々ある。

たとえば凍結によるスリップである。
私は教習所で「橋に掲げてある凍結注意の看板を舐めるな」と習った。無論猛暑の時期は無視していいが、寒い時期に路面が凍っていないと思っても橋の上は凍っていることがあるからだ。
なまじ北国で一日中氷点下、どこも凍結しているような環境なら気を付ける。中途半端に寒いのがいかん。日中は氷も解けるし通常の路面は終始凍結しないが、夜間早朝に橋が凍る。
なぜ橋が凍るかといえば熱容量の差である。夜間早朝に若干氷点下に下がっても地面がそれなりの熱容量を持っているので地面の上の路面は凍結しない。だが、橋は下からも冷えるので凍る。
ま、ここまでは当たり前の話。
理解力がない人は「橋は凍結に注意」というのがなんとか頭に入ったとしてもその理屈を理解しない。
熱容量の関係で凍りやすい場所は橋に限らない。地下の工事で一時的に鉄板で覆っている個所とか、駐車場の斜面とか、一見普通の道路に見えても冷えやすい構造の場所はいくらでもある。
冷えやすいというキーワードで発展させれば通常の路面でも日中も暗く水がしみだしているような斜面の陰なんてのは危険だと想像ができるだろう。それが理解力。

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結論を整理せねばいかん。
理解力のない人に人を殺せる機械の操作を任せてはいかん。チェック機構の充実を求めたい。
もう一つはそんな理解力がないまま高校生でいられて何の支援も受けられていないというのは社会の損失である。

この事件の高校生はおそらく知り、理解する喜びを味わったことがないのではなかろうか。20回試験に落ちる前に考えるだろう。それができない環境というのはある意味人権蹂躙なのだ。

こうした状況に置かれている若者に光を当てることが社会全体を豊かにするのではなかろうか。
posted by Mozzo at 03:35| Comment(0) | TrackBack(0) | まじめな正論! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月12日

年をとると頑迷になるということ

身の回りに毒物はあるのですなという記事。

引用ここから====
有毒イヌサフラン食べ死亡…山菜と間違え煮物に
2014年09月10日 13時26分

 静岡県は9日、御殿場保健所管内(御殿場市、小山町)に住む70歳代の男性が、ユリ科の有毒植物「イヌサフラン」を食べて食中毒症状を訴えた末に死亡したと発表した。

 葉の形がよく似た山菜のギョウジャニンニクと間違え、他の野菜と一緒に煮物にして食べたとされる。県内でイヌサフランによる食中毒は初めて。

 県衛生課と御殿場署によると、男性は5日午前1時頃、胃痛や吐き気を訴えて入院し、9日に多臓器不全などで死亡した。原因は、4日の夕飯で食べたイヌサフランのつぼみが入った煮物による食中毒と特定された。家族も同じ煮物を食べたが、途中で苦みを感じてやめたという。

 イヌサフランは、男性が自宅の畑で栽培したものだった。ギョウジャニンニクだと思って育てていたとみられるが、入手の経緯は分かっていない。

 同課によると、イヌサフランは葉や花、球根など全体に有毒成分の「コルヒチン」を含んでいる。摂取すると吐き気や下痢を起こし、呼吸困難に陥ることもある。

 イヌサフランによる食中毒は、北海道などで複数の前例があり、死者も出ている。同課は「有毒植物は山菜に交じって生えていることがある。山菜採りをする時は、1本1本確認して欲しい」と呼びかけている。
2014年09月10日 13時26分 Copyright コピーライトマーク The Yomiuri Shimbun
引用ここまで====

生物を食べる以上リスクとは背中合わせである。
市場に出ているものですら安全性が100%とは言えないのだから、個人で採集したものについてリスクがあるのは当然。知識と覚悟を要する。
私は毒性のある生物に割と興味があるのだが、イヌサフランがこれほどの害をなすとは知らなかった。見た目ギョウジャニンニクとの相違もわかりにくいと言えばその通り。恐ろしい。

気を付けましょう、というのがこの事件の教訓なんだとは思うが、報じられている経緯を見るとちょっと引っかかる。

「家族も同じ煮物を食べたが、途中で苦みを感じてやめたという」ん?
別の資料をあたると、イヌサフランは外見は似ているが、ギョウジャニンニクのようなニンニク臭はしないという。ん?
外見をみて混同するのは仕方ないが、それを食べて死ぬ以前に気づくヒントはあったのではなかろうか。
死者に鞭打つような話になってしまうが、犠牲者から教訓を得るのは生きているものの義務だ。

用意された食事を家族が危険と思って食べなかった。
家族はこの男性に警告・制止をしなかったのであろうか。

高齢となれば嗅覚も味覚も衰える。ニンニク臭がしないこと、苦味がすることに気付かなかった可能性はあろう。ゆえに調理して食卓にのせたことはありうることかもしれぬ。もしその場にいたのが男性一人ならそのまま口にして事故に至るということがあるのかもしれぬ(いくら高齢とはいえ他人が食べられないほどの苦味が検知できないということがあるかどうかは)。
だが周囲にいた人が食べられぬと断じたというのになぜと思う。

探偵小説的な邪推をすればいろいろと考えられるが、妥当な解釈は「男性が言うことを聞かなかった」であろう。「うるさい。文句ばかり言いおって。食わないなら勝手にしろ」。
意地を張って苦いのも我慢して食べてしまったのではなかろうか。反対されるが故に。

誰しも自分がやったことを否定されると抵抗がある。作ったものがおかしいと言われれば事実であろうがなかろうが不愉快であろうし、老人ともなればなかな他人の意見を受け入れられなくなるものである。

私にも似た経験がある。
とある集まりで出された料理が変なのである。混ぜご飯が酸っぱいようななんというか。具に酢を使っているのかもしれぬがしかし。
その場の雰囲気というのが少々重く、文句を言い出せる状況にもなく、お茶で流し込むように食べざるを得なかった。
結果、食中毒。その場に居合わせた人はいろいろしがらみもあって文句やら騒動には至らなかったのだが、私も腰の抜けるような下痢になった。
症状が一番ひどかったのが、この食中毒おばはんの旦那で「味がおかしいと言っただろう」と怒っていた。そりゃ怒る。さてこれで食中毒おばはんが切れた。
傷んでなんかいない! いい加減なことを言うな! おなか壊すわけがない!
。。。。こっちは腰の抜けるような下痢なんですが。死ねばいいのに。
ま、このおばはんは下痢もせずぴんぴん。消化器も精神も図太いようである。

思えばちらりと見えたこのうちの冷蔵庫は冷却効率なんて言葉を忘れたようにぎっしぎっちに詰め込まれていた。冷蔵庫の中に入っていれば安全なんだと言わんばかりに。ああこわい。周囲の人間が「これじゃ不衛生だよ」と言っても効く耳持たないのだろう。

衛生について日本では様々報道され、啓蒙され、環境は整備され、個人の知識も蓄積されている。清潔が行き過ぎて日本人は脆弱だと言われるほど。
一方で衛生概念が欠落してしまう人もいる。高齢者に多いように思う。年齢に伴う頑迷さが解決を妨げていると私は思っている。
私の食中毒騒動は横に置いておいて、冒頭で引用した記事の通り高齢者本人が犠牲になるケースも多いのだろう。高齢者世帯の衛生状態がはたしてどうなのか。
ゴミ屋敷なんて騒動もよく聞く。たいていが高齢者である。ゴミを集めて身の回りがどんどん不潔になっても構いもしない。なんらかの精神疾患と呼んでもいいのかもしれぬが何にせよ呼びかけて治るようなものではない。

高齢者が頑迷になって衛生観念もなくし病気になって死んでいくとしても、それは自己責任という言い方ができるのかもしれぬ。事実自己責任というか放置というか、そうした環境で孤老というべき人が多数いる。
当然人道的立場からみてそれは問題だと思う。だが、呼びかけようが啓蒙使用が自らが問題のある状況にあることすら認めることができないのであるから対処は厄介である。
残念ながら我々の社会はそうした高齢者を包括的に救い上げて保護するような仕組みも力も持っていない。むしろ、介護や終末医療の問題を個人にゆだねようとしているのが実情である。

私も答えを持っていない。技術的にはそうした高齢者を公の監視下においてケアすることは可能だろう。だが、予算や人員の問題は大きいし、自らが助けを要するということを認められない高齢者の扱いは難しいだろう。

これをわが身に置き換えたらどうだろうか。生活について気を付けているつもりだが、それが統御できていないと若い人に指摘されたら。素直に保護下に入るかどうか、なるほど疑問だ。保護されるくらいなら安楽死をと思わなくもない。
死んでしまえば社会的には負荷がなくていい。ちゃんと予告して腐乱死体にならんようにすればよろしい。
決して極端な意見とは言えまい。世にぽっくり信仰まであるほどだ。ぴんぴんころりという言葉もある。とはいえ、自分のことなら死んでしまえば話が早いと言い切れるがこれを他人に押し付けていいかと言われれば悩ましい。

問題はみんな老人になったときのことを考えていないことではなかろうか。
年金だの資産だの金の勘定はしても自分がどの程度衰えてしまうのか考えているのか。そこを問うべきなのだろう。
posted by Mozzo at 22:25| Comment(0) | TrackBack(0) | まじめな正論! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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