2014年09月02日

味が濃いのは苦手なのである

大阪は食い倒れの街というが、単に住んでいる人が食べることに情熱と金を使うため倒れてしまうと言っているだけで、別に他の地域と比べて特においしいわけではないのではなかろうか。私はそう思っている。
実際の話、京の着倒れ大阪の食い倒れという言葉は、傾倒し金を使いすぎて破綻するという意味で、京都のファッションが優れているとか大阪の食べ物が優れているという直接の意味はない。ただ、情熱とお金をかければ洗練されていくのが道理ではある。
私など到底いけないような高級店なら違うのだろうが、たこ焼きいか焼きお好み焼き餃子などなど、庶民的で名物とされているものが押しなべて口に合わない。

あくまで私の好みに合わないと言っているだけで大阪のものがおいしいという人をけなす意図はない。だが、大阪が食都だグルメだと持ち上げるばかりで、なかにはこういう人もいるのだと知ってほしいだけなのだ。

問題は味が濃すぎるのである。いわゆる粉ものにはソースとマヨネーズたっぷりである。さらに粉ものの粉(生地)は単に小麦粉を水で溶いたものではない。出汁やらなんやら入っている。
餃子も揚げ物も事情は同じだ。餃子の餡や揚げ物の衣には濃い味が付き、そこにソースなりたれなりをだばだばとつける。

小麦粉と肉や魚、野菜を焼いたものであるから、うまく味付けすれば美味しいはずだ。根本的にダメだというわけじゃない。
少なくとも私はここで例に挙げた料理には何もつけないで食べる(大阪では)。本体だけで味が濃いからだ。ある時など何もつけないたこ焼きですら濃くてくどい。幸い刻み葱をたっぷりとトッピングしてくれる(有料だけど)店だったので追加して薄めて食べた。

細かく言うとなにがいかんのか。

まず塩分が多すぎる。塩辛い。お好み焼きで白飯を食べるというからそれならまだしもだが、たこ焼きではご飯を食べないというではないか。なのに同じくソースたっぷりだ。あり得ない。

次に油が強すぎる。マヨネーズがいかん。
もともと揚げたりたっぷり油を敷いて調理するものにマヨネーズはアウトだ。マヨネーズが決して悪いものとは思わないが、材料の油も卵の黄身も脂肪分が強い。適度な油はコクを出すがやりすぎはいかん。

また、旨みが強すぎる。これはソースやマヨネーズを使わなくても解決しない。
旨みが強いならいいではないかと思われるかもしれないが、物事には限度というものがある。化学調味料なら当然過剰になりやすいし、天然の調味料(昆布や鰹節)も使いすぎればくどい。素材である野菜や魚、肉にも旨みはあるのだから、それを補う適量でなければならんと思う。

こうした濃い味に慣れているからなのか、大阪では名物ではない普通の料理も味が濃いし、食べる側もソースやしょうゆをどばどばとかけているように見える。私が観察した範囲のことではあるが、カレーライスにソースやしょうゆをどばどばと賭ける。信じられないし、作った人に失礼だ。

とはいえ、これは大阪だけに限ったことでもない。

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外出時はもちろん、自宅できちんと料理できないときには外食や出来合いの弁当、総菜、加工食品に頼ることは多々ある。
やはり味が濃い。年々濃くなっているように感じる。

先日はちょっとさっぱりしたものも付けたいと思って、パック入りの胡瓜と茄子の浅漬けなるものを買った。つけ汁に浸かって大葉も添えられていい感じだった。
ところが食べてびっくり。
ひどく塩辛いし、化学調味料の使い過ぎは明らかである。よく言うように口の中がびりびりとしびれるようだ。砂糖類も使っている。
到底漬物として直接食べるものではない。細かく刻んでチャーハンの味付けにつかうとかそういうものなのではなかろうか。

スーパーやコンビニで売られている甘辛味の惣菜や弁当などはもう端から諦めているのでここでは取り上げない。

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ま、平均よりも薄味だと自覚のある私が言うことなので割り引いて読んでもらっていいのだが、世間全般が味の濃い方向に向かっているのではないかということを今回言いたい。よって今回はうまいものというよりまずいものの話。

塩、旨み、砂糖、油脂、これらが行き過ぎていないか。
一方で、酸味、渋味、苦味はどんどん減っている。適切ならば味を整え個性を出すものなのに。

たとえばしゃぶしゃぶである。
そもそも肉の脂をさっぱり落として食べる料理のはずだ。
ところが、昨今ではしゃぶしゃぶで使うのはポン酢よりもゴマダレらしい。もう一度油を足してどうする。またこのゴマダレなるものが塩辛く甘ったるい。たいてい化学調味料も入っているようだ。肉の旨みで食べるものなのだから化学調味料はいらんだろうと思うのだが。

調味料だけでなく素材もそうだ。
特に脂にこだわる。
高級なしゃぶしゃぶを食べに行けばさしの入った高級肉を売りにする。逆に安い店に行けば脂の多いバラ肉が出されることが多い。脂だ。赤身じゃダメなのか。
というか、脂を落としたいからしゃぶしゃぶなんでしょうに。筋があるような固い赤身も筋に逆らって薄く切れば柔らかく食べられる。そういう料理ではないのか。

魚だってそうだ。とにかく脂がのっているかどうかを気にする。寿司屋に行けばトロだ大トロだとうるさい。サーモンも脂ギトギトだ。あんなものは脂の塊であってなぜと思うのだが人気なのである。私がゆがんでいるのか。鮪なら赤身、それよりさっぱりとした白身の魚が食べたい。

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持ち帰り料理や宅配料理を含めた外食産業は過当競争に感じる。売り上げも利益も達成するのは厳しい。客数が増えねばならず、かといって際限もなくいいものを出せるわけでもない。
客の側も安く安くより安く、しかしがっつりと食べたいという動きに見える。
最近は景気の上向き期待もあって、高額商品もよく動いているようだが、それも「この値段を出せばより美味しくがっつり」となっているだけで、外食産業への圧力は変わらないようにもみえる。

限られた食材で満足感を与えるにはどうしたらいいか。それが濃い味である。
甘く、塩辛く、油が濃くて、旨みも濃い。酸味も苦味も理解できないから控える。
例えていうなら白飯を大量のバターで炒めて砂糖醤油を絡め化学調味料をぱっと振ればなんとなく食べた気になるチャーハンになっているのではないか。
安直ではない方法で調理するなら、複数の材料を用意し、丁寧な下ごしらえをし、絶妙の味付けをせねばなるまい。砂糖や油を使うとテキトーでもなんとなくできてしまう、とは著名なパティシエ弓田氏のご意見(砂糖もみりんも使わない料理を提案されている。砂糖はお菓子でねということか)。

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「そりゃ、正しく味付けされたまっとうな料理がいいに決まっているけれど、お金のことを考えれば仕方ない。お金があるときにはいいものたべるよ」と思うかもしれない。
だが、それで大きなものを失っているかもしれない。
味覚は慣れてしまう面がある。濃い味に慣れれば薄い味で満足できなくなる。薄い味に慣れれば濃い味は苦痛になる。

濃い味に慣れたら濃い味生活をすればいいのか。ちがうと思う。

濃い味付けということは相対的に薄いかすかな味を感じなくなるということだ。
白飯だけ食べれば淡い。だが、そこにおいしさを感じることができるか、単なる無味の塊なのか。
焼いた茄子、ゆでたジャガイモ、うどん、そば、豆腐、何も味をつけなくともそこには味があるのだが、濃い味に慣れてしまえば感じなくなる。それは不幸なことではなかろうか。この微妙な味わいを捨てる代償にソースびたびた、マヨネーズでろでろ、脂こてこて、砂糖ねっちょり(←わざと悪く言っているが。。。)の快感を得るのか。
もちろん味覚は個人の自由でありああしろこうしろと言えるものではない。ただもったいないなと思うだけである。

ただ、個人の自由と言っていると社会全体がどんどんそっちへ行ってしまうことは危惧している。みんなが好むから先に挙げた大阪の例でも味が濃くなってしまうわけだ。
しかも、そうした環境で育った子供は濃い味を好むだろう。それはいいのか。好みの問題はともかくとして高血圧や肥満を招くような食生活ならば虐待である。

かのマクドナルドは「子供にマクドナルドの味を刷り込む」ことがCRM戦略だと公言してはばからない。顧客を囲い込むために子供にアプローチさせ味を覚えさせるという。
倫理的にそれがいいのかどうかは別として、子供のころからの習慣が影響を及ぼすのは明らかである。

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「では濃い味で育った私はもうだめなのか」と悲観する必要はない。
自分に意識があれば食習慣はリセットすることができると思う。

私は現在薄味志向であるが、子供のころは濃い味の環境で育った。
だが、独立してから薄味志向に転換した。

まず、自分で料理を始めたことがいいのだと思う。
しかも、レシピ本に頼るのではなくテキトー。自分で素材を決め、自分で味付けを決める。レシピ本通りだと恐るべき量の砂糖を使うことにびっくりできる。これは違うのではないか、と味付けしては味見するというサイクルで味覚をリセットできたと思う。

もう一つは思い込み。薄味で素材の味が分かる人間になりたいではないか。それを気取りたいではないか(←俗物)。
自分で料理するときはこの味付けでもいけるよなぁとだんだん絞る。外食でも何もつけずに豚カツやらお好み焼きやら食べてみて、この方が味がわかるなと納得する。最初は思い込みでもそのうちそれが習慣になる。

その結果、天婦羅たこ焼きいか焼きお好み焼きフライ物全般はなにもつけずに食べるのが習慣になってしまった。ハンバーガーを食べる時だってケチャップは抜いてもらう。肉にもバンズにも濃い味がついている。
さすがに刺身や蕎麦、うどんあたりは全く味をつけないということはないが、かなり少量である。寿司であれば刺身の一角にちょいと醤油をつければ十分である。

食べ物のおいしさの幅が広がり健康にもいい。薄味ライフ考えてみてはいかがかな。
posted by Mozzo at 07:29| Comment(0) | TrackBack(0) | うまいものの話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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