2014年09月12日

年をとると頑迷になるということ

身の回りに毒物はあるのですなという記事。

引用ここから====
有毒イヌサフラン食べ死亡…山菜と間違え煮物に
2014年09月10日 13時26分

 静岡県は9日、御殿場保健所管内(御殿場市、小山町)に住む70歳代の男性が、ユリ科の有毒植物「イヌサフラン」を食べて食中毒症状を訴えた末に死亡したと発表した。

 葉の形がよく似た山菜のギョウジャニンニクと間違え、他の野菜と一緒に煮物にして食べたとされる。県内でイヌサフランによる食中毒は初めて。

 県衛生課と御殿場署によると、男性は5日午前1時頃、胃痛や吐き気を訴えて入院し、9日に多臓器不全などで死亡した。原因は、4日の夕飯で食べたイヌサフランのつぼみが入った煮物による食中毒と特定された。家族も同じ煮物を食べたが、途中で苦みを感じてやめたという。

 イヌサフランは、男性が自宅の畑で栽培したものだった。ギョウジャニンニクだと思って育てていたとみられるが、入手の経緯は分かっていない。

 同課によると、イヌサフランは葉や花、球根など全体に有毒成分の「コルヒチン」を含んでいる。摂取すると吐き気や下痢を起こし、呼吸困難に陥ることもある。

 イヌサフランによる食中毒は、北海道などで複数の前例があり、死者も出ている。同課は「有毒植物は山菜に交じって生えていることがある。山菜採りをする時は、1本1本確認して欲しい」と呼びかけている。
2014年09月10日 13時26分 Copyright コピーライトマーク The Yomiuri Shimbun
引用ここまで====

生物を食べる以上リスクとは背中合わせである。
市場に出ているものですら安全性が100%とは言えないのだから、個人で採集したものについてリスクがあるのは当然。知識と覚悟を要する。
私は毒性のある生物に割と興味があるのだが、イヌサフランがこれほどの害をなすとは知らなかった。見た目ギョウジャニンニクとの相違もわかりにくいと言えばその通り。恐ろしい。

気を付けましょう、というのがこの事件の教訓なんだとは思うが、報じられている経緯を見るとちょっと引っかかる。

「家族も同じ煮物を食べたが、途中で苦みを感じてやめたという」ん?
別の資料をあたると、イヌサフランは外見は似ているが、ギョウジャニンニクのようなニンニク臭はしないという。ん?
外見をみて混同するのは仕方ないが、それを食べて死ぬ以前に気づくヒントはあったのではなかろうか。
死者に鞭打つような話になってしまうが、犠牲者から教訓を得るのは生きているものの義務だ。

用意された食事を家族が危険と思って食べなかった。
家族はこの男性に警告・制止をしなかったのであろうか。

高齢となれば嗅覚も味覚も衰える。ニンニク臭がしないこと、苦味がすることに気付かなかった可能性はあろう。ゆえに調理して食卓にのせたことはありうることかもしれぬ。もしその場にいたのが男性一人ならそのまま口にして事故に至るということがあるのかもしれぬ(いくら高齢とはいえ他人が食べられないほどの苦味が検知できないということがあるかどうかは)。
だが周囲にいた人が食べられぬと断じたというのになぜと思う。

探偵小説的な邪推をすればいろいろと考えられるが、妥当な解釈は「男性が言うことを聞かなかった」であろう。「うるさい。文句ばかり言いおって。食わないなら勝手にしろ」。
意地を張って苦いのも我慢して食べてしまったのではなかろうか。反対されるが故に。

誰しも自分がやったことを否定されると抵抗がある。作ったものがおかしいと言われれば事実であろうがなかろうが不愉快であろうし、老人ともなればなかな他人の意見を受け入れられなくなるものである。

私にも似た経験がある。
とある集まりで出された料理が変なのである。混ぜご飯が酸っぱいようななんというか。具に酢を使っているのかもしれぬがしかし。
その場の雰囲気というのが少々重く、文句を言い出せる状況にもなく、お茶で流し込むように食べざるを得なかった。
結果、食中毒。その場に居合わせた人はいろいろしがらみもあって文句やら騒動には至らなかったのだが、私も腰の抜けるような下痢になった。
症状が一番ひどかったのが、この食中毒おばはんの旦那で「味がおかしいと言っただろう」と怒っていた。そりゃ怒る。さてこれで食中毒おばはんが切れた。
傷んでなんかいない! いい加減なことを言うな! おなか壊すわけがない!
。。。。こっちは腰の抜けるような下痢なんですが。死ねばいいのに。
ま、このおばはんは下痢もせずぴんぴん。消化器も精神も図太いようである。

思えばちらりと見えたこのうちの冷蔵庫は冷却効率なんて言葉を忘れたようにぎっしぎっちに詰め込まれていた。冷蔵庫の中に入っていれば安全なんだと言わんばかりに。ああこわい。周囲の人間が「これじゃ不衛生だよ」と言っても効く耳持たないのだろう。

衛生について日本では様々報道され、啓蒙され、環境は整備され、個人の知識も蓄積されている。清潔が行き過ぎて日本人は脆弱だと言われるほど。
一方で衛生概念が欠落してしまう人もいる。高齢者に多いように思う。年齢に伴う頑迷さが解決を妨げていると私は思っている。
私の食中毒騒動は横に置いておいて、冒頭で引用した記事の通り高齢者本人が犠牲になるケースも多いのだろう。高齢者世帯の衛生状態がはたしてどうなのか。
ゴミ屋敷なんて騒動もよく聞く。たいていが高齢者である。ゴミを集めて身の回りがどんどん不潔になっても構いもしない。なんらかの精神疾患と呼んでもいいのかもしれぬが何にせよ呼びかけて治るようなものではない。

高齢者が頑迷になって衛生観念もなくし病気になって死んでいくとしても、それは自己責任という言い方ができるのかもしれぬ。事実自己責任というか放置というか、そうした環境で孤老というべき人が多数いる。
当然人道的立場からみてそれは問題だと思う。だが、呼びかけようが啓蒙使用が自らが問題のある状況にあることすら認めることができないのであるから対処は厄介である。
残念ながら我々の社会はそうした高齢者を包括的に救い上げて保護するような仕組みも力も持っていない。むしろ、介護や終末医療の問題を個人にゆだねようとしているのが実情である。

私も答えを持っていない。技術的にはそうした高齢者を公の監視下においてケアすることは可能だろう。だが、予算や人員の問題は大きいし、自らが助けを要するということを認められない高齢者の扱いは難しいだろう。

これをわが身に置き換えたらどうだろうか。生活について気を付けているつもりだが、それが統御できていないと若い人に指摘されたら。素直に保護下に入るかどうか、なるほど疑問だ。保護されるくらいなら安楽死をと思わなくもない。
死んでしまえば社会的には負荷がなくていい。ちゃんと予告して腐乱死体にならんようにすればよろしい。
決して極端な意見とは言えまい。世にぽっくり信仰まであるほどだ。ぴんぴんころりという言葉もある。とはいえ、自分のことなら死んでしまえば話が早いと言い切れるがこれを他人に押し付けていいかと言われれば悩ましい。

問題はみんな老人になったときのことを考えていないことではなかろうか。
年金だの資産だの金の勘定はしても自分がどの程度衰えてしまうのか考えているのか。そこを問うべきなのだろう。
posted by Mozzo at 22:25| Comment(0) | TrackBack(0) | まじめな正論! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。