2014年10月05日

キレやすい人が放置されているという現状

まあ、外形的には罰金刑の軽い犯罪ということなのだが。

引用ここから====
上司に熱いコーヒー、やけど負わす…職員停職
2014年10月04日 19時37分

 国土交通省近畿運輸局は3日、上司ら4人に暴行を加え、うち1人に軽傷を負わせたとして、自動車技術安全部所属の男性職員(60)を停職6か月の懲戒処分にしたと発表した。

 発表によると、職員は神戸運輸監理部兵庫陸運部の陸運技術専門官だった7月15日、神戸市東灘区の同陸運部庁舎で、上司に熱いコーヒーをかけ、1週間のやけどを負わせるなどしたという。

 職員は8月7日、事情聴取に訪れた別の上司の首を絞めるなどしたため、兵庫県警東灘署が暴行容疑で現行犯逮捕。神戸簡裁は8月28日、罰金50万円の略式命令を出し、職員は納付した。

 職員は「非常に反省している」と話しているという。
2014年10月04日 19時37分 Copyright コピーライトマーク The Yomiuri Shimbun
引用ここまで====

上司にコーヒーをかけるだの首を絞めるだのどこまでキレやすいのかとあきれる。
上司に対してこれだから、部下や後輩、あるいは市民や監督対象になる企業に対してどんな態度をとっていたのか、想像できない。

記事にはここに至る経緯が書いていないため、想像でしかないのだが、少なくとも暴力行為に訴えることが問題であることは間違いない。もしかしたら、この上司たちが侮辱的な言動をとったのかもしれぬが、それでも暴力はいかん。
あるいは、単純にキレやすい人なのかもしれない。

この事件についてはこれ以上どうのといえるわけではないので一般論。
この事件自体を批判するのが目的ではないので、実はこの上司たちが耐えがたい侮辱的な言動をとったかもしれないという仮説は横へ置いておこう。この人がとんでもなくキレやすい人だったと仮定して話を進める。

残念ながらキレやすい人がいることは事実。若い人から年配まで。男女を問わず。
社会的地位にも関係ないようにも思う。粗暴であるから社会的地位が低いままの人もいれば、社会的地位が高くなることにより粗暴性への歯止めが弱まる人もいる。
その人次第なのである。

生まれつき、幼少のころからキレやすいという人も珍しくない。
性格の範疇で収めていいのか、何らかの発達障害と考えるべきなのかはわからないが、早い段階の訓練をしなければいけないのではなかろうか。周りも迷惑だが本人もみじめだ。
粗暴であってもそれを補って余りある才能・素質ある人物ならともかく、たいていは社会から疎外され、周囲の人からも疎んじられることだろう。
ある意味社会的隔離が行われ周囲はそれで安定してしまっていることもあろう。

年齢が進むうちにそうした性向が現れる場合は厄介だ。
会社とか地域とか家族とかいった集団に組み込まれながら徐々に粗暴化しているわけで、簡単に排除できるものでもない。最初からのことであれば就職しても続かず、結婚相手は見つからず、近所からも無視されているのであろうが。

なぜ、もともとはそうでなかった人がキレやすい人に変わっていくのだろうか。
一つは、もともとの性質だったのだけれども自らのポジションを理解して抑えていただけということも考えられる。会社でそれなりのポジションになり上司は引退したとか、頭の上がらなかった父親が他界したとか。
もう一つは加齢によるものもあろう。どうしたって年を取れば頑固になり、自ら折れることができなくなるもので、誰しもある程度そういうことはある。
ただ、原因が認知症にある場合もある。
認知症にもいろいろある。
年齢が進むとどうしても短期記憶力が弱まったり、とっさの判断力が落ちる。ある程度のところからは認知症の初期段階と判断されることもあろう。当人は正常だと思っているので周囲から間違いを指摘されたりすると怒り出す。年を取れば頑固になるということの一部には認知症というものもあろう。周囲の対応の仕方でしのいでいくしかないし、それで正常な生活が継続できる場合も少なくない。

ただ、こうした年齢上ある程度仕方ないものとは別にアルツハイマー型を代表とする病的なもの、重篤なものもある。アルツハイマー型の初期には大変怒りやすくなり暴力をふるうケースもあるという。周囲の対応でどうなるものではなく、投薬治療を要するという。

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さて、冒頭で取り上げた事件に戻ると、処分は半年の停職処分である。刑事で有罪判決・懲役ということにもならず、訓戒程度で収めてこれまでの勤務を続けるということにもならない。
やったことに対する罰としては適切なんであろうが、もし仮に原因が認知症にあるとしたらどうなるだろうか。つまり、周囲の目がない状況に半年間放置されるということである。何らかの改善につながっているだろうか。

仮に認知症でなおかつアルツハイマー型であるとしたら、早期に投薬を含む治療を開始せねば悪化し、復職も難しいだろう。アルツハイマー型でないとしても、周囲の人間を含めた学習・教育をせねば同じことを繰り返すだろう。

今回問題にしたいのは、こうした医療的な原因を背景にしている事件だとしてもそれを専門家の視点でチェックし改善する機能が動いていないのではなかろうかということである。
警察も検察も刑事のプロであっても医療のプロではない。加害者の年齢なんてのはせいぜい将来の更生可能性に影響するくらいで医療的観点から考慮されることがあるようには見えない。

また、前述のとおり若いころからキレやすい人には発達障害もありうるのだから、それこそ「刑事罰を受けるほどの犯罪を犯していなくとも」チェックされ掬い上げられる必要があるのではなかろうか。

それは一面管理社会だという批判も受けよう。安全なところから人権だ人権だという人もいるのだな。しかし、いきなり熱いコーヒーをぶっかけられたり首を絞められたりしてはたまったものではない。改善が不要とは到底言えない。

とはいえ、現実問題として「この人キレやすいんです。病院に入れてください」で動けるものでもなかろう。一部に本当にそうすべき人はいるのだが、そうでない人が巻き込まれる技術的な問題は当然ながらある。
また、それをできるようにするような法律をいまの日本の政治状況で成立させることが(その本質的な是非は別として)できるとは思えない。
しかし、総合的に考えればキレやすい人(つまりは社会不適合者)に医療的・教育的サポートをすることは福祉なんである。放置されれば誰あろう当人が不幸なはずである。

そう考えると、キレやすい隣人がいながら、そういった連中が切れて刑事事件を起こすまでなにもできない。実力で自営しようとしたら正当防衛か過剰防衛か立証せねばならないという素人には大変にハードルの高い状況にあることに愕然とする。
posted by Mozzo at 14:43| Comment(0) | TrackBack(0) | まじめな正論! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

いまごろリニア新幹線に文句をつけても意味ないでしょうが

リニア新幹線の着工もちかいとかなんとか。

これまで、うちの街にも駅をと醜い政治的駆け引きが繰り広げられ、名古屋大阪間については、すでに決着しているにも関わらず京都がうちに通せとごねているとか。見たくない。
未来の利用者の99%は途中駅なんて欲していないと思う。東京・名古屋・大阪があたかも「どこでもドア」のようにつながってくれることを望んでいるのではないか。
今も「東海道新幹線の駅を作ったにも関わらず」あまり停車する意味のない駅がどことは言わんが散見される。「こだま」が止まるだけだから「のぞみ」に影響はないとはいえ、「もしこだまをなくしたら」、のぞみが一時間当たり2本増えるとか、東京大阪間が3分短縮するということになれば、廃止に賛成するひとは多いのではないか。私はこだましか止まらない駅は例外なく廃止すればいいと思っている。怒る人いるだろうけど。

地方切り捨てというなかれ。新幹線を誘致せんがために切り捨てられたローカル交通をもっと重視せねば発展はありえないとおもうからだ。一時間に一本二本の新幹線がとまったところで、遠くに人を連れていくだけだ。近郊を自由に行き来する交通網を整備する方が先だろうに。
東京・名古屋・新大阪ともに、またそれに準ずる新横浜、品川、京都も、新幹線だけで発展したわけではない。もともと新幹線を止めるほど発展していたという要素もあるが、新幹線駅に接続する地下鉄・私鉄・バスがきちんと構築されているから豊かなのだ。

ま、それはさておき。
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そうした我田引鉄の議論もそろそろ決着で、具体的な工事がどうなるかという段階になってきているわけだが、ここでも見苦しい騒動が起きているようだ。

もともとJR東海は途中駅を作るのに消極的であった。しかし、工事をするためには地元の協力を得ねばならず、「費用を地元が負担するなら途中駅を作ってもいい」と妥協した。
ところが、妥協の芽が見えたと思ったか自治体の攻撃は激化する。結局JRが駅建設費用をもつことになってしまった。許されざる傲慢。国家プロジェクトなのに。
で、JRは苦肉の策で低コストの駅をかんがえた。待合室もない。切符もネット予約で券売機もない。単に止まって出発するだけ。経済的に妥当な判断だ。
そこにハゲタカのように自治体が噛みついている。待合室を作れ、商業施設を作れ。その主張が通ったとしたら、コストは日本全体が負うのだ。

話はさらにこまかいところに展開しているようだ。
もともと、地形の制限から地下部分が多いのであるが、地上を走る部分もコンクリート製のカバー(パイプみたいなもの)で覆うという計画が発表されこれまた自治体が噛みついた。
富士山を見せたいとか、疾走するリニアと風景を合わせて観光資源にしたいとか。金儲けの種がなくなるとキーキー言っているようなのだ。
カバーをかけるのは何も見せないようにしようという意地悪でやるのではない。
なんといっても騒音問題だ。安全問題もある。
現行の新幹線でも騒音の主な原因は空力上の問題だ。
素人の感覚ではモーターが動く音とか、車輪が線路を動く音とか、パンタグラフが架線をこする音が主ではないかと思うのであるが、高速列車となると空気が起こす騒音の方が問題であるらしい。
パンタグラフをはじめとする突起物は空気と衝突し騒音を起こす。ゆえに初期の0系新幹線では1編成8個もあったパンタグラフが300系では3本に減らされ(しかも前方になる1本は下す)、形状もシングルアームに改められた。パンタグラフに風が直撃しないようにカバーまでついている。
また、トンネルに突入する音というのも大変なものらしい。開放された場所からトンネルに突っ込むと一気に圧縮された空気から衝撃波が生じ、反対側の出口に爆発音をもたらすという。トンネルドンというやつである。

リニア新幹線となれば技術的にも革新されているとはいえ、空力的な問題をすべて解決できているはずがない。パンタグラフはないにしてもまったく突起物ゼロとはいくまい。トンネルの問題はいくら車体形状を工夫しようと根本解決は無理だ。

ならば、すべてをトンネルにしてしまえば問題が大幅に解決する。
私は全域すべてトンネルでいいと思う。地上部分は堅固なコンクリートのチューブで覆ってほしい。

騒音問題は当然のことだが、安全も気になる。
台風やら冬の空っ風やらで巻き上げられる異物を巻き込んだらどうなる。バードストライクもある。これは速度に応じて被害が大きくなるわけで、現行の新幹線でもバードストライク対策は行われている。それほど危険だ。

今の実験線は実験なので天候を見て止めることもできるが、営業運転になればそうそう止めることもできまい。異物が飛んできたとか風が強いとか雪が降ったとかでいちいち止まってもらっては困る。少なくとも現行の新幹線よりも強い必要があろう。ならば全域トンネルだ。全域トンネルでいいのではないか。

多くが求めているのは東京・名古屋・大阪を緊密につなげること。それ以外の要素で金儲けしたい連中を排除してほしいものだ。車窓に富士山見ながら行きたいなら別のゆったりした路線を作ればいいし、それが経済的に成り立たないなら需要がないのだ。リニアに負わせることではない。

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そもそもリニア新幹線の需要予測は過大ではないかという指摘がされている。旅客収入で建設費が賄えるのか懸念する声が上がっている。
ではやめればいいという段階はすでに過ぎていて、この国家的プロジェクトがとん挫しないように皆が考える必要がある。

収入を増やし、コストを下げねばならぬ。
収入について、運賃は現行の東海道新幹線とそれほど差をつけないらしい。もっと差をつけても乗りたいと思わせるものがあればそれだけうまくいくことになる。
とはいえ、東海道新幹線から客を奪う程度では意味がない。どちらもJRなので。
対抗するのは飛行機であり、自動車である。安くて早くて何があっても定時運行。これを実現するのは途中駅なしの全域トンネルだとおもうのだが。

JRは傲慢な途中の自治体の意見を無視してあるべき理想を追求してほしいものだ。
posted by Mozzo at 12:48| Comment(0) | TrackBack(0) | まじめな正論! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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