2014年10月09日

産経新聞前ソウル支局長起訴とアジア大会に通底するもの

韓国仁川で行われたアジア大会だがどう見ても失敗だったと言ってよいのだろう。
聖火は消えるは停電するわと大きな不手際から、弁当が届かない届いた弁当はサルモネラ菌で汚染されているという小さな(サルモネラ菌はちいさなことではないか)不手際。
観戦チケットが売れないからと企業その他に押し付け、当日見に来ないから席はガラガラなのに、見たいという人がチケットを買えない始末。
競技場に更衣室もシャワー室もないという設計の欠如。選手の宿舎ではエアコンもエレベーターも動かないという準備不足とも嫌がらせとも言われる失態。
それに加えて韓国選手に有利になるような審判の判定が続出するとか、その他嫌がらせも数多く指摘された。ことに話題になったのはバドミントンの空調問題である。
これが反日感情から日本にだけ向けられているならまだしも、各国に向けられているらしく、韓国を非難する意見がネット上で散見される。

これらのうち、運営能力の不足については別にあげつらう必要はなく、横目で見ておいて日本の東京オリンピックに生かせばよろしい。
問題は韓国に勝たせようと卑怯な手を使ったとされることである。報じられている問題がすべて真実とは言わないが、話半分としても韓国人審判、運営陣、選手どれもひどい。
これがどうも、つい身びいきで自国選手に有利になるようにしてしまったという自然発生的なものではないようなのだ。

国際大会では審判が不公平ではないかという騒動がよく起こる。だが、身びいきが過ぎるのは誰しもあることで自国選手に有利な判定をするくらいが「公正」と感じるものである。
偏見かもしれぬが韓国にはこの傾向が強い。韓国選手が負けると判定が不正であると騒ぐ。フィギュアスケートのキム選手の騒動は記憶に新しい。本人は騒いでいないのに。

それで、過去の数々の国際大会における「韓国選手に対するアウェイの洗礼」の恨み忘れず、アジア大会(と今度の冬季五輪)で報復してやろうという意見がネット社会のみならず大手報道でも堂々と論じられていたというのだ。
つまり、これは報復なのだから正義だ、審判も運営陣も選手もどんな手を使っても他国選手を妨害してやろうではないか、という雰囲気が醸成されていたことがうかがえるのだ。
だから、他国から批判されても何とも思わない、してやったりというわけだ。

無論これは独立系報道やネット記事を中心に様々な情報を総合して私が判断したことであって、邪推であってくれたらいいのであるが。

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さて話は変わって産経新聞前ソウル支局長が起訴された騒動である。
これがどんなでたらめなことなのか、内外のマスコミ、右から左まで批判しているのでここで改めて批判しない。
言えるのは韓国では法律も道理も通らないということだ。

かねてより、韓国では司法も報道も政権の道具という見方をされている。だから政権交代が起こると前大統領やその一族が逮捕されたりするのだ。

さすがに今回の起訴は法治国家としてまずいのではないかという声は韓国国内からも上がっているらしい。だが、それを無視して突っ走ったのは要するに朴大統領が「私気に食わんもんね、きー」ということだからだ。
そこに法もなければ道理もない。こっちがダメならあっちもダメだろうという理屈も通らない。これまで、日本の元首である天皇陛下や代表である総理大臣、国の象徴である国旗に対して韓国政府、報道、国民がどれだけ侮辱的なことをしてきたか。

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さて、一見関係ないアジア大会と起訴の騒動を並べてみたが、ここに通底するのは韓国における感情優先の行動原理である。
感情を満たすためであればルールもなにもないということなのだ。感情を害せばルールを曲げてでも抵抗するということを理解せねばなるまい。

われわれ一般人としては、スポーツで国際大会に出るなんてこともないし、韓国政府とやり合うなんて機会もまあなかろう。
しかし、ビジネスや観光で韓国人と関係することはあるかと思う。
もし、感情優先でビジネスルールを曲げられるなんてことになればたまったものではない。中小企業だったら会社存続の危機にもなりかねない。

はたして感情(損得含め)が優先して道理を曲げるのは韓国の国民性なのか、それとも一部の国粋的な阿呆だけの特性なのかは私にはわからない。

私はこうした騒動を通じて韓国人全体にレッテルを張るような発想をしたくはない。だが、それを否定する材料もない。
アジア大会といえば何の競技だったか練習を見学していた韓国の高校生に日本の選手がバッジをプレゼントした騒動があったのではなかったか。そのデザインが旭日旗に似ていると言って生徒が学校に報告して騒動にという話だったような。
旭日旗を嫌うのは勝手だが、国際的に認められているもので、しかもたかが似ているだけで怒り出すということ、それが一介の生徒によってなされているということが恐ろしい。
気に入らなければ礼を失しても怒っていいという教育が末端にまでということか。

ま、庶民レベルでは嫌われたところで被害も小さい。だが、大きなビジネスをしているひとは気に入らないと会社をつぶされるような仕打ちをされる可能性もあるということ。慎重に行くに越したことはない。
posted by Mozzo at 11:03| Comment(0) | TrackBack(0) | まじめな正論! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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