2015年04月04日

獺祭に原料過誤の騒動あり でも災い転じて福となすいいニュース

図らずも原材料に誤りがあったという騒動なのだが、災い転じて福となす。いい報道だ。
産経新聞から引用する。

引用ここから====
2015.3.30 20:55
手違い≠熕l気に拍車 オバマ大統領も味わった日本酒「獺祭」にレア商品

 日本酒「獺祭(だっさい)」で知られる旭酒造(山口県岩国市)が酒米を仕入れている農家の手違いにより、コシヒカリが混ざった山田錦で一升瓶約1万4千本分を製造してしまったことが30日、分かった。

 同社は「獺祭に使うのは山田錦のみ」とのこだわりから「純米大吟醸」の表示を外し、価格を下げて「獺祭初心」の名で限定販売。レア商品として、出荷先の酒屋では売り切れが続出しているという。

 獺祭は来日したオバマ大統領に安倍晋三首相が贈ったこともある。通常、山田錦のみを使うが、今年2月中旬に仕込みの際のDNA検査で酒米の約20%にコシヒカリが混入していたことが判明した。農家の乾燥機にコシヒカリが残っていたことが原因だった。

 同社は「獺祭純米大吟醸50」の一升瓶約3千円より安い約2800円で販売している。

引用ここまで====

獺祭はかねてより高名な銘酒であるうえに、よく知らないのだがなにかの話題で取り上げられたらしく今や店頭で手に入らないという状況であるようだ。このオバマ云々がそうか? 私がよく行く酒屋には店頭に「獺祭ありません。入荷予定もなし」と一見嫌っているのかというような張り紙がでかでかと掲げてある。あんまりに問い合わせる客が多かったのだろう。
かつては銘酒とはいえ、店頭でも買えたし日本酒にこだわる居酒屋では注文できたものだが。人気は高まるばかりである。

とはいえ悩むことでもない。まだまだ美味しい日本酒はあるのだから。

しかしこの騒動、本来であれば近年視線が厳しい食品偽装やら産地偽装やら異物混入やらと言った食の安全、いや食の安全という言葉はもう合わない、「食の厳密すぎる純粋性」にこだわる向きからは企業の評判を落としかねない、何万本も回収だなんてことにつながりかねないことだったかもしれない。
もしそうなったら私は怒っていただろう。
山田錦は酒造好適米として名高い。コシヒカリは食べておいしい分アミノ酸が多いとか酒造には向かない面がある。日本酒製造ではあえて酵母に苦しい思い(栄養分を与えない)をさせることでいい香りを生み出す回路を発動させるらしい。その極致が吟醸酒であり、栄養豊富なコメの外側を削って酵母を追い込むことで実現しているという。

とはいえコシヒカリだって捨てたもんじゃない。山田錦よりは落ちるかもしれぬが、杜氏が能力と気力を注ぎ込んだ酒がまずかろうはずがない。コシヒカリを前面に押した酒もある。そもそも無害でも不味でもない。
仮に回収廃棄だったらどれだけ悲しいニュースか。

以前の騒動でたしか「松坂牛」と表示して「佐賀牛」だったとかいうのがあった。そりゃ松坂牛は一流ブランドであるのは確かだが、佐賀牛だって美味しい牛肉だ。怒るようなことではない。まともな鶏肉ですと言って腐っている鶏肉や地面に放置したような鶏肉を出すのとは次元がちがうのである。
松坂牛がなかったから今日は佐賀牛ですがそれがなにか?と言えないあたりが我々消費者の立ち位置が厳しすぎるような気もする。
ちょっと脱線した。

今回は問題を早く認識し、公開し、そしてその対処が食品の回収廃棄ではなく価値の生きる方策であったことがすべてうまく回っているのである。
すばらしい。

獺祭はこの騒動前から一流のブランドであるが、この騒動で逆にブランドの価値を高めたと思う。
この知恵をすべての日本企業に。
posted by Mozzo at 02:50| Comment(0) | TrackBack(0) | まじめな正論! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

地毛が黒くないから黒く染めろという騒動

大事件とは言えないが、こんな馬鹿が現代にいるとは信じがたい騒動。

引用ここから====
地毛なのに「髪黒く染めろ」は精神的苦痛
2015年03月28日 20時47分

 アルバイト先だった兵庫県加古川市内のスーパーマーケットで、地毛なのに「髪を黒く染めろ」などと命令され、精神的な苦痛を受けたとして同市内の女子高生(17)がスーパーに慰謝料など60万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が27日、地裁姫路支部であった。

 勝又来未子裁判官は「生来の身体的特徴を否定するのは極めて不適切」などとして、スーパーに慰謝料など33万円の支払いを命じた。

 判決によると、女子生徒は2014年5月からレジ打ちや食品の陳列を担当。髪を茶色に染めていないのに、同店の副店長から「頭が少し茶色いから、染めるか辞めるかの二者択一で決めてほしい」と言われるなどされた。

 判決で勝又裁判官は、副店長の発言は「髪を染めるか退職かを選択させる理不尽なもの」と指摘。「原告の精神的苦痛は甚大だった」とした。

 女子生徒の代理人弁護士によると、女子生徒は「日本人なら髪の色は黒でしょう」などとも同店従業員から言われたという。代理人弁護士は「女子生徒の髪は地毛で、直せと言われても直せないもの。理不尽な命令は認めないとする評価できる判決」と話した。
2015年03月28日 20時47分 Copyright コピーライトマーク The Yomiuri Shimbun
引用ここまで====

当然の判決である。私の感覚では慰謝料の額が2桁は少ない。人権侵害なのである。
命令したのはスーパーの現場の店長かその下の社員というところか。現場の人間だから若いだろう。「人間を外見で判断するな」という主張はもっと上の団塊の世代から主流であって、スーパーの店長をやっているような世代なら外見をあれこれ言うことを否定して当然の世代ではなかろうか。そんな信念は軽いもので管理する側に回るといきなり変わってしまうのか。それこそ軽佻浮薄というものである。

生来の身体的特徴を否定するとはあるまじき人権侵害である。
モンゴロイドではない人だって日本人として日本に住み働いている。
たとえばコーカソイドとモンゴロイドのハーフの母親(もともと日本国籍)とコーカソイドの父親(海外国籍だが日本に住んでいる)から生まれた子供はいわゆるクオーターで日本国籍の日本人である。身体的特徴はかなりコーカソイドに近いだろう。毛の色だけみても赤かもしれぬし金かもしれぬ。ブルネットと言えどモンゴロイドとは違う。
また、国際結婚が珍しくなくなり、連れ子を伴った再婚だって珍しくない。純粋に非モンゴロイドの子供が日本人として日本に住むことだって珍しくないことだろう。

毛が黒くなかったりまっすぐじゃないのが世界的には「普通」である。
果たしてそういう人に毛を黒くしろだのストレートパーマをかけろだの言うのか。想像すればわかることである。
まぁそういう俗物は紅毛碧眼の西欧人にはなにも言えないのだろうが、弱い立場の人間には何でも言えるのであろうがね。非西欧人には高圧的に出るタイプかもしれぬ。

====
生来の身体的特徴でなくとも、つまり毛髪でいうなら染めたりパーマを当てたりということが否定されるのもおかしいとも思う。

髪型(色も含め)、化粧、服装は自己表現であると同時に自分がどういう人間でどういう集団に属しているかを表現する記号でもある。
その職業というのも人間が属する集団であるから、その集団を否定するような外見で集団に属する利益を得ようというのは行き過ぎである。当然限界がある。
長髪が好きでも長髪の寿司職人は困るし、販売店の店員がパンクロックのような格好でも困る。逆にクラブで盛り上がりたいのにDJがスーツに七三分けでも興ざめだ。似合う外見というのは確かにある。
ある程度「こうあるべし」という枠があるが、それも程度の問題であって、なにもかも型どおりに統制するというのも行き過ぎだと言いたい。

たとえば毛髪の色だったら、不特定の他人と接する職種なら人類としてありえない色かつファッションとしてメジャーじゃない色はだめだろう。
自然な色として金、赤、銀、茶、白の人はいるが緑色はいない。緑色はだめだ。紫色も同じく自然にはいないが、白髪が黄ばみがちな高齢者に紫が似合うとして主流だ。それは許されていい。

店員が奇抜な色でつんつんとおったてたような髪型ではそれはいかんと言ってもいいが、白髪が目立つ人が紫に染めて文句をいうことではない。
人間として当たり前の判断力があるかどうかということなのだ。

====
前にもこのブログで書いたのだが、私のよく行くコンビニに大変にメイクが濃い(若いのにもったいないと思うのが年を取った証拠なんだが)若い女性の店員さんがいる。全体に「ぎゃる」である。機械的な規則ではアウトなんだろう。
だが、動作キビキビ、気が利き愛想がよくて大変優れた店員さんである。かっちりした格好をしていても気が利かなく無愛想な店員とどちらがいいのか。
最終的にその個人が店員としていかに客にいいサービスをしたのか、つまり成果が大事なのである。

成果が出せているか否か。数字にできない部分があるからむつかしいのはわかるが管理者は逃げてはいかん。
成果を評価できていないから髪の色なんて些末にこだわるのである。程度が低い証拠なのである。
posted by Mozzo at 02:14| Comment(0) | TrackBack(0) | まじめな正論! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月01日

ドイツの航空機事故に思う

ジャーマンウイングス9525便墜落事故のことである。
事故の詳細はまだまだ検証中で原因など言い切れるものではないのだが、副操縦士が精神的に異常をきたし、自殺を図って墜落させたとみられている。

それが真実であるなら巻き添えを食らう形になった他の乗客乗務員はたまったものではない。副操縦士本人の自殺が避けられなかったとしても、巻き添えというのはなんとかならなかったのか。自殺願望がある人は一人で死ぬのがさみしいのか不安なのか、どういう心理かわからぬのだが道連れを求める傾向にあるという。私は今のところ自分だけは生き残ろうと思う気持ちなので理解できない。もし自殺に追い込まれるならせめて最後の時は一人で安らかに過ごしたいと思うのだが。

それにしても悲惨な事件は後を絶たない。毎月、毎週のように世界のどこかで悲惨な事件が起きている。
それでも悲惨な事件を明日への教訓にするのが生き残っている我々の責務である。

====
さてこの事件で思い起こすのがマレーシア航空の事件である。
これまた原因ははっきりしないのであるが、操縦士が何らかの意図をもって起こした事故だといわれている。

乗客の命を預かっている操縦士が死に急ぐのではたまったものではない。

今回の事故の背景にはコックピットが堅牢にロックできるようになったことがあるそうな。
テロ事件ハイジャック事件を防ぐための措置なのだが裏目に出て正操縦士が締め出され副操縦士が凶行に至ったということらしい。非常用の斧で扉を破ろうとしたらしいが非常用ということは取り出すのに時間がかかるわけで(その辺に斧が転がっていたら別の問題がある)、斧で金属を多用した扉を破るのは時間がかかるだろう。

こうなると飛行機事故を防ぐには完全自動操縦しかないなとおもうのであるが、熟練操縦士でしかなしえない厳しい状況での離発着など機械が超えることのできないレベルのことがあるわけで、完全自動操縦でトータルで安全になるのはどれだけさきのことやら。

外からテロリストが攻めてくることについてはまだ対策がある。内なる操縦士が実は加害者であったという状況には実効的な対策はあろうか。

====
今回の事故を受けて日本を含め各国では「コックピットに複数の乗務員が常にいるようにする」という対策をとるという。
通常コックピットには正副の操縦士がいる。しかし長時間のフライトでトイレにも行くだろうし休憩もとるだろう。その際操縦士一人ではいかんと。その間はCAのだれかとか乗務員が代わりにコックピットに詰めるというわけだ。
まさに泥縄というかなんというか。ごまかしの対策ではなかろうか。

仮に機長(正操縦士)が異常な状態になっていたとする。まだまだ操縦士は男性の職場、CAは女性の職場という傾向が強い。ましてや旅客機の操縦士となれば肉体的にも優れ鍛錬を重ねた人物である。無論CAも日頃はにこやかなサービスをするのが中心とはいえ、いざ事故となれば乗客を救うための訓練を重ねているので身体能力は高いと思われるが、平均値として切れてしまった機長をCAが止めることなどできまい。
たしか操縦士は空港でのチェックもかなり簡素化されているはずである。ひそかに武器を持ち込むこともできるのではないか。そうでなくとも運行上非常時に使うための工具があるはずで武器になりうる。素手であっても計画ずくの人間と不意を突かれた人間のどちらが強いか。

そこまでいかずとも、機長というのはまさに飛行機を統べるトップであって、運行中はかなりの権限を持っている(逮捕・拘束もできるし、結婚を認めることもできる。小さな国の王様なのである)。また、乗務員としても機内では文字通りトップであり、CAに(コックピットで一人にならないというルールを冒して)「コーヒーを持ってきてくれ」と言えば断れるものではなかろう。

かつてのボーイング747の時代(初期のもの)にはコックピットには3人いた。正副操縦士に機関士がいたのである。エンジンやらなんやらが自動コントロールできないので専門の人が必要なのである。
ところが時代は進み自動化が可能になったのでコックピットは2人の時代になった。今や米国エアフォースワンでもコックピットは2人である(もちろん空軍の怖い人がいっぱい乗っているがコックピットは2人である)。
コックピットの2人化は当初現場の反発を招いた。技術的にできてもいざというときの余裕がないではないかと。しかし、コスト削減を狙った航空会社に押し切られた格好で現在では常識となった。
コックピットに機関士がいればどうなっただろうか。

まぁ、操縦士が一人外すときはCAがコックピットにいればいいじゃん、コストかからなくていいし。と言っているレベルでは機関士は永遠に復活しないだろうけど。
本当にコックピットに操縦士2人でいいのだろうか。

====
この事故をいわば話の枕にして展開するのは無礼なことなのかもしれないがもう一つの懸念が持ち上がる。

原発の安全である。
どう見ても大型航空機が原発を直撃したら耐えられないだろう。原発建屋も圧力容器もあの脆弱さだ。
で、テロリストが航空会社に入り込み原発を狙ったらどうするのかという話をこのブログに書いたのだが、テロリストが入り込まなくとも操縦士が心身を損なうだけで事故が起こることがわかる。テロリストの動向は調べられても、操縦士の心身の状況は調べられないのではないか。
今回は山にぶつかっていったが原発にぶつかっていかない保証はない。

さらにいえば、テロリストなら飛行機の挙動がおかしいとか、受け答えがおかしいとか異常に気付く可能性もあるが、本職の操縦士が異常になったら事故直前まで気づくことはあるまい。

だから原発反対だというのではない。
原発をやめるという選択肢もある。だが原発を守るために地対空ミサイル(SAM)を完備するという選択肢もある。
正常に飛んでいたと思っていた航空機が原発を狙っていたなんてわかってから空軍が出動しても遅いというものだろう。

原発があらゆるテロに耐えるためにはSAMだけでは足りないだろう。
地上にはそれなりの武装をしたチームを常駐させねばいかんだろうし、周囲に目を配る各種レーダーも必要だ。深い海に面しているならソナーも必要だろう。

想定できる武装とともに必要なのは現場で決断できる武力行使の権限である。
地対空ミサイルがあっても発射に躊躇するようでは意味がない。秒単位で危機が増すのである。お伺いをたてている場合ではない。

操縦士の精神状態が損なわれたら物理的に原発を攻撃できることがわかった。
日本はどのような対策をとるのか、明確にしてもらいたいと思うのである。
もちろん想定ができないような自体が原発周辺に起こるかもしれない。
「こんなことは起こらない」などとごまかしを言っても総合的に危険を封じたことにはならない。まずはSAMサイトを作ってもらいたいものだ。
posted by Mozzo at 00:51| Comment(0) | TrackBack(0) | まじめな正論! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。