2015年04月06日

カタカナビジネス用語は必要だから定着してるんじゃないの?

気持ちはわからなくもないんだがという記事。
画像が多く引用が面倒なのでリンクのみ記載する。

「アジェンダ」、「タスク」、「エビデンス」 “カタカナビジネス用語”って、本当に必要なのか!?
http://www.excite.co.jp/News/bit/E1427784020332.html

記事を書いたご当人がカタカナ語が苦手なようで否定的な雰囲気が感じられる。カタカナ語の使用を否定しているとまでは言わないが。
無論、格好が良いと思って(格好良くないが)日本語で充分に言い表せるものをあえて外国語からカタカナ語に引っ張ってくるのは望ましいとはいわん。
だが、新しい物や概念が生まれてぴったりと当てはまる日本語がなく、外国語から引っ張ってきたカタカナ語が定着するのは言語の変化として当然のことであり否定することはできない。

だいたい記事に挙げられていたカタカナ語の説明もどうだろうか。

アジェンダ→計画・予定表
タスク→課された仕事・職務
キャパ・キャパシティ→収容能力・容量
エビデンス→言った言わないの証拠・言質
アサイン→割り当てる・任命する

説明として間違っているとはいわないが、語の微妙な意味合いを伝えきれているとは思えない。すべてこの説明で置き換えられるか考えればわかると思う。ちょっと違う。微妙に違う。きゃなりぱなりぱなり。

もちろんもとになったTaskなりAssignなりという外国語とカタカナ語のタスクなりアサインなりがおなじ意味合いを持っているとも思わない。日本語に取り入れられた時点で外国語のもつすべての意味が取り入れられたわけではないし、元の語を使う国でも意味は変わっていく。
「日本語に取り入れられた」なんて言うな、外国語であって日本語ではないわ!、と怒る人もいるだろう。違うのである。カタカナ語になった時点で「外来語」という立派な日本語なんである。

そもそも日本語は外来語を積極的に取り入れる性格があった。
明治時代には学生がメッチェンだのシャンだの独語を織り交ぜてしゃべっていた。意味は調べていただこう。
この文章自体に多用されている漢語もカタカナ語ではないが元は外来語だ。漢語とは文字通り漢の言葉だ。
嘆くべきはやまとことばの造語能力の喪失なのである。漢語を避けてやまとことばとひらがなで書いてみたが、ひらがなルーツ自体が漢字だ。仮名は漢字を書き崩したものなのである。万葉仮名というものを思い出すとわかる。

無論、ルーツが海外にあるからと言って嘆くようなことではない。
文化は伝播し変化するものである。我々自体のルーツがアフリカ大陸のどこぞにあるわけで、我々独自のものだと言い張ること自体が情けない。そういうことが好きな人々もいるけれど。

今あるありようそのままが文化であり、それが海外から来たものであってもそれを変化させ豊かにさせたのは我々であってそれが文化の豊かさなのである。決して否定するようなことではない。海外がルーツであることを嘆くのではない、今現時点で豊かな精神活動文化活動が行われているか否かだ。

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とはいえカタカナビジネス用語がわからないと否定する向きがいるのもわかる記事だ、。
だが、いかんのはカタカナ語なのか?
「え、それってどういう意味?」とその場で聞けないコミュニケーション能力の欠如が問題なのではないか。わかったふりも怒るのもいかんのではないか。
その場で聞いてみて、その語が不特定多数に通じるのか否かを確認すればいいのだ。ほとんどの人が知っている語なら素直に意味を聞いて理解すればいいし疑問があれば議論すればいい。
どう考えても断りなく使う語でなければ廃れていくだろうし、意味を確認してぴったりの語であれば定着していくだろう。議論をすればそれは既存の言葉を使うべきだという結論が定着することだろう。
問題を提起したつもりで自らのコミュニケーション能力の低さを露呈しては詰まらんのである。

あるがままに。
posted by Mozzo at 17:19| Comment(0) | TrackBack(0) | まじめな正論! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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