2015年04月11日

対日戦勝記念? やるのは勝手だが道理は通らぬ

露中が今年の夏に「対日戦勝70周年」を合同で祝おうとしているとか報じられている。
まぁやるのは勝手だがまったくもって的外れな話である。

まず、日本は中国つまり共産中国とはほとんど戦争らしいことをしていない。戦ったのは中華民国つまり台湾だ。今は共産中国に台湾まで押し込まれてしまったが当時は今の共産中国が支配している領域をだいたい治めていた国である。だいたい太平洋戦争終了時点でまともに建国できていないだろうに。建国は1949年の新しい国だ。

また、日本を実質的に打ち負かしたのも米英蘭豪をはじめとする連合国である。
米国は日本と直接に対決する戦闘が多かったし、なにより真珠湾攻撃での精神的打撃は今も残るとされる(日本を戦争に引きずり込むために米国が黙認したという陰謀論もあるがそれはさておき)。また英蘭豪とも南方を巡る戦闘で衝突し、ことに日本軍に捕虜にされた軍人が多いことで決してその傷が癒えていると言い切れるものではない。その他連合国側で日本と直接に戦った国は日本に対し複雑な感情を今も残すだろう。

さてロシアが何をやったのか。
日本が降伏することがすでに決定し、あとはタイミングと条件でとかやっている降伏直前に宣戦布告をしたわけである。戦闘らしい戦闘もない。それでシベリア抑留とかやっているわけである。本来なら日本が賠償請求していいくらいだ。相互の不可侵条約まであったというのに。
ロシアは対日と同じく対独にも戦勝記念行事を行うらしいがこれも偉そうにいえることか。
ドイツを打ち負かしたのは米英の力ではないか。またドイツに占領されていたフランスをはじめとする周辺国の勢力の力ではないか。あたかもロシアだけでドイツを破ったような言い方は不遜である。

米国にせよ英蘭豪国にせよ、日本軍を批判する人たちは今もいる。だが、さりとて日本人自体を否定するとか、日本人が残虐な民族でとかいう論調はほとんど見られない。
ドイツに対する米国西欧諸国も同じでナチスドイツは否定するけれども、ドイツ人が残虐だとか俺たちがつよいんだぜ馬鹿野郎的な行事は開かない。

露中にかんしては、まず日本に対して戦勝などという資格はない。
敗戦国で主張すべきことも封じてきた日本の姿勢に乗じているのだろうが、この二国にはない。
米国や台湾、英蘭豪の人が言うなら甘んじて受け入れるほかはなかろう。だが彼らは総じて紳士的だ。

これに輪をかけておかしいのが韓国だ。
中国と一緒に戦勝行事をしようとかなんとか。
韓国が戦勝記念日と言えず光復節とかいう言い方をするのは当然だ。当時は韓国も日本だったからなのだ。併合されて日本だったのだ。それ自体は不満だろうし手続きに不備があったから違法だなんだといっているが、併合されていたのは事実でそれを諸国が認めていたから長く続いていたのだ。
いわば、韓国は望むと望まざるとにかかわらず連合国に負けた敗戦国なんである。

敗戦国というのは屁理屈かもしれんが、事実当時の朝鮮半島出身の日本人(併合されているから)には日本兵となりもともとの日本人とともに戦った人も多数いるのである。
当時、朝鮮人(当時は韓国という概念はないので)は差別されていて、日本軍はもともとの日本人で編成すべきと考える向きもあったという。また朝鮮人が入隊しても差別されたともいう。
それでも、日本で生きるためには当時地位が高かった軍人として名を上げるのがよいと考えたのか、日本軍に志願する朝鮮人は多く倍率も高かったという。たとえ朝鮮半島出身でも軍人さんとなれば世間の見る目が違う。

当然もともとの日本人軍人と朝鮮出身の日本軍人(ああややこしい)は行動を共にして各地で戦い、その中にはC級戦犯に値するくらいのことをやった人もいるのだろう(戦犯という考え方自体がおかしいという議論はおいておく)。

無論、それは時代の波の中で「日本にやらされたことだ」という考え方をする人もいよう。だがそんな雑な論理で個人の責任がどうのこうのなるのか。日本人の軍人の中にも上官の命令に反した人(それが現代の倫理から言って正しい行動)もいれば疑問を持っても抗しきれなかった人もいる。個人の責任と国家の責任をそんなに簡単に置き換えてはいかん。大雑把にいっても、一部はそれぞれ個人の責任で一部はそういう状況を作った上官個人の、さらにその一部は国家の責任である。

これは韓国の戦勝と言っていいような状況ではないのはもちろん、誰が誰に何をしたという時代の検証の中でほめられたことではない。日本が悪い日本が悪いといきなり戦勝国(露中は戦勝国ではないのだが)側に回って日本を批判したいのは、結局「日本はとにかく理由も関係なく悪い国貶めるべき国」と言っているようにしか見えないのである。

日本を一段下の国として貶めたいという欲求はもはや直らないのであろうから何の期待もない。自分たちがちょっとでも気に入らない歴史があったらそれを否定したいのだろうかね。

日本も敗戦を経て米国をはじめ連合国にひれ伏した。負けの歴史を持っている。その米国もそもそも西欧では成功できなかった人々が建てた国であるし、今や多くを占めるネグロイドは奴隷として連れてこられた人の末裔だ。ヒスパニック系も厳しい歴史を持っている。
では米国や豪州の歴史の上に立つ西欧はどうかと言えば、それぞれ国を取った取られたの歴史がある。誰しもが完全無欠の勝利者じゃない。
それを受け入れられないのかね、韓国は。それを言うほどの大国であればまだしも。

日本は露中韓が戦争を持ち出してどうのこうのいっても冷静に事実をもって押し返すべきだ。
すでに戦争は終わっていましたがなにか?
戦争はあなたの国とはしてませんでしたがなにか?
戦争中はあなたの国は日本でしたがなにか?

さらに「事実に反して」日本を侮辱したともう一つ押し返すべきなのだ。
多少外交が緊張しようが押さえる原則を押さえる国が外交で力を持つと思うのだ。
posted by Mozzo at 20:45| Comment(0) | TrackBack(0) | まじめな正論! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ネットにつながる家電も善し悪し

寝かしておいたら旧聞になってしまったが。
拙宅にはテレビがないのでどうでもいいんだが、怖い記事。

引用ここから====
テレビの電源が突然切れたり入ったり…なぜ?
2015年03月30日 08時53分

 三菱電機は29日、液晶テレビ「リアル」の一部で、視聴中に電源が突然切れるなどの障害が全国で起きたことを明らかにした。

 29日午前0時頃から、電源が切れたり入ったりを数分おきに繰り返す、といった不具合の報告が相次ぎ、障害は正午頃まで続いたという。

 同社は、2010年以降に発売された製品(最大で約162万台)に影響があったとみている。

 家電メーカーは、テレビに内蔵されているソフトウェアを更新するため、放送電波を利用して、各家庭のテレビ(他社製品も含む)にデータを配信する仕組みになっている。三菱電機によると、今回の原因となったデータは、他社が配信したもので、三菱電機が配信停止を要請したことで、障害が復旧したという。
2015年03月30日 08時53分 Copyright コピーライトマーク The Yomiuri Shimbun
引用ここまで====

なるほど、メーカーとテレビが一対一で通信しているわけではないからこうなるのだな。
相手のテレビを特定して「今からお前に更新データを送るぞ」「よしわかった送ってくれ」とやれば(ネゴシエーション)こんなことは起きないのだが、テレビの電波でそれをやるのは無理だ。

で、他社のデータも受け取ってしまうから識別番号とかで「これは俺とは関係ないデータだから捨てよう」とか判断するのだろう。今回の騒動は三菱のテレビでその判断ロジックが甘かったか、データを配信していた他社がお約束を破って識別できないようなデータを送ったかだ。

ここまでは奇妙な事件、で終わるが考えてみると怖い。
外からソフトウェアを書き換えることができるということなのだ。
無論素人が簡単にできることではないが、そのデータの内容がわかればできる。
データの内容は極秘だろうが内部情報がこれだけ漏れる時代だ。
書き換えて「わー面白い」だけでこんな手の混んだことをする馬鹿はいないと思うが、思いもよらぬ犯罪に使うことができるかもしれぬ。詐欺とかね。

電波や回線に絡んだ商品は自分自身のソフトを書き換える機能がついているとおもっていい。携帯電話、スマホ、PC、電子ブックリーダーこのへんは当然。
デジタルオーディオ機器などもそういう機種があると思う。
エアコンとか冷蔵庫とかあまりネットワークと関係なさそうな機器もネットにつないで外部からコントロールする機種ではそういうことをやっているかもしれない。

なぜそうなっているかというと、コンピューターが内蔵されているような複雑な機能をもつ機種だと、ソフトウェアの更新は宿命みたいなもんだからなのである。複雑ゆえにごくまれなタイミングや条件で妙な動きをする不具合もあるだろうし、新しいロジックで効率的に動くという改善もある。完璧にしてから発売しろよと言う人もいるかもしれないが、複雑なソフトウェアは単純な機械とは比べられないほどの試験をせねば「完璧」は言えないのである。あとから不具合やら改善法が見つかるのは避けられない。完全品にしてから出荷したら、15年前の性能のテレビが100万円で買いますか?てな話だ。この値段は、高価格にもかかわらず同じ数が売れるとしたらの話だ。数が売れねば価格は上がる。実際には10倍100倍の値段でもペイしない、というか売れない。
単純な鉄の棒なら横に何ニュートンの力をかけても折れない、縦に引っ張っても切れないとせいぜいテストは数十ケースだ。コンピュータ制御の製品は完璧を目指したらテスト項目は何千何万では利かないし、「5年間フル運転しても大丈夫」とかそう簡単にテストできないことが出てくる。そういう問題がソフトウェアではあるのだ。長期間動かすと突如動かなくなり再起動するとその後数年間は使えるのだがとかいうのが。

なぜそうなるのか、理由は様々だがソフトウェアの誤りの例の一つで有名なのは桁があふれることだ。
たとえば時間・時刻。
時刻をマイクロ秒単位で管理したいとして、人間が理解しやすい形としてはXXXX年XX月XX日XX時XX分XX.XXXXXX秒と管理したいだろう。
しかし、ソフトウェア的には面倒だ。年月日。。と個別に数字を持つのは面倒なのだ。
1999年12月31日23時59分30.000001秒と2000年1月1日0時0分11.999777秒ではどちらが先の時間かどれだけ経過したのかという判定を複数の数値を見て繰り上がり繰り下がりを計算せねばいかん。なので内部的には簡略化して、とある時刻からの経過時間で表現する。。
たとえば1970年1月1日0時からの経過時間で管理するというやり方がある。これは2038年問題として有名だ。
管理する単位が短くなればなるほど、扱う時間が長くなればなるほど、その時間を保持するために多くのビット数が必要になる。
たとえば現在の多くのコンピュータで標準的な32ビット整数では足りない場面が出てくる。64ビットであれば足りるがそれを考慮しているかどうか。
たとえば32ビットの整数(符号なし)は4,294,967,295まで表現できる。ずいぶん大きな数字であるが秒単位で約136年(計算あってるかな)。符号あり整数ならその半分。2038年問題というのはこの辺にある。
場面によっては136年じゃ足りないし秒単位でも足りない。
これが64ビット整数(符号なし)だと18,446,744,073,709,551,614まで表現できる。
秒単位でなくマイクロ秒単位であっても約584,942年である。まぁ恐竜の生きていた時代をマイクロ秒で遡ったりしないのでたいていの場面で足りる。

とはいえ、64ビット整数が扱えるようなコンピューター(正確にはプログラミング言語やOS)が一般化したのは最近のことであるし、精度が上がればそれだけメモリも食う。古いプログラムや意識の低い人が作ったプログラムにはそうした誤りが入り込むわけだ。

あまりにくどい説明になってしまったが、こういう誤りは見つけにくいから製品を出荷してから見つかることはあるのだということがわかってもらえるだろうか。

またソフトウェアというのはややこしくて、仮に10万項目の試験の9万9999項目まで合格して最後の1項目が失格としてだ、その修正をしたら最初の1項目目に悪影響を及ぼしていないとは限らないのだ。部品同士が関係しているからだ。その10万項目で足りているのかも正解はない。
また、当然何度繰り返しても大丈夫という観点で試験をするが、それが1000回なのか1000回で充分なのかというのは正解はない。

無論、従来の(たとえば自動車)商品に倣えば商品を販売店がメンテナンスして回るのが正しいのだろうが、コスト的にどう考えてもむりだ。売価数百万円の自動車ならともかく、せいぜい数万円の商品にそんなことをやっていられない。商品が自動で更新するというのは必要不可欠のコストダウンなのだ。

怖いことなんだが否定することでもない。いちいちテレビを販売店にもっていくとか、サービスマンが来るとかそれ自体が面倒だし、その費用をだれがもつのか。毎回「いやぁ不具合が見つかっちゃいましてね。ソフトを交換するので5千円払ってください」といわれて払う馬鹿はいない。5千円じゃサービスマンの出張費用だって赤字なんだが払う側からしたら高い。
だからといってそれを見込んだ価格が商品に含まれていても困る。
ネットワーク経由でできるからの価格なのだ。

そういうものだとわかって付き合うというのが賢いのだろう。昨日まで順調に動いていたものがある日いきなり変な動きをするというのを覚悟しておくのは厳しいが。

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通信機能を持った機器にはデータを送り出す機能を持つものがある。
今回の騒動はテレビ電波に乗せたいわば下りのデータだけの問題であったが今の地上デジタル波は双方向の通信が想定されている。インターネットにつながる機器も多い。データを外に出すことができるのだ。

最近欧州で韓国製のテレビが問題にされた。盗聴をしているというのだ。音声認識機能があってそのチューニングのためにデータを製造会社のサーバーに送るというのだ。目的がどうあれ盗聴といわれてもしかたあるまい。プライバシーに神経をとがらせている欧州であまりに脇が甘い。
実際にデータを使って何をしていたか、当然メーカーは純粋にチューニング目的でデータをその都度捨てたというだろうが、事実はどうあれ信用されるかどうかは別だ。仕組みとして盗聴できないようになっていることが信用というものであるのだが、データを上に出せないというのも機能を制限することになり痛し痒しだ。

話題がずれてしまっているが、盗聴を怖がるのであればそれこそ電話なんて使えない。事実盗聴が可能どころか必要な場所では実際に盗聴されている。
しかし、盗聴されたら困るような人は電話は危ないとおもってそれなりの理解でつかう。暗号化された回線をつかうとか符牒をつかうとか。
まさかテレビやエアコンが盗聴しているとは思わないから怖いのである。

ネットワークでつながるということは便利と不安の両方が増す。
かつて便利な食品添加物が発達し、それを否定した食品もまた発達したように、ネットワークを駆使した商品が発達し、それらを排除した「ネットフリー」な商品もまた発達するのだろう。
回るだけの扇風機や光るだけの電球が「ネットフリー」として売り出される日が来るのかもしれないし来てほしい。逆に言えばすべての家電にネットがつながって「あと10日で電球が切れます」くらいのことがわかって、電気屋がやってくるのも理想と言えば理想だ。そしてそれを拒否する選択肢もあっていい。

そう、選択肢がほしいのだ。
ネットワークにつながるテレビしかないとか、電話を使うのにスマートフォンしかないとか、それでは困るのである。
ちなみにスマートフォンとは(私の定義では)iOSやAndroidOSで動いていて「キャリアやメーカーに囲われていない」携帯電話のことを指す。テンキーがついていようが二つ折りだろうがスーとフォンである。外からアプリを入れて悪さをすることが可能だからだ。
posted by Mozzo at 17:42| Comment(0) | TrackBack(0) | まじめな正論! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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