2015年05月27日

金融業界も脱中国を!

中国政府のでたらめぶり、傲慢ぶりにはもう驚かないが、という報道。

引用ここから====
中国政府、ATM技術の公開要求…日本企業反発
2015年05月27日 22時03分

 経済産業省は27日、2015年版の「不公正貿易報告書」を発表した。中国政府が同国に進出した邦銀などに、現金自動預け払い機(ATM)やコンピューターシステムの技術を中国で特許登録し、事実上、情報開示するように要求していたことがわかった。

 中国は欧米の銀行にも同様の要求をしている模様だ。

 経産省などによると、中国は14年末、国内に設置するATMなどには、中国で登録されている特許技術を使うように求めるガイドライン(指針)を示した。事実上、ATMなどで現在使われている技術を中国で特許登録することを義務付ける内容だ。

 特許を登録すれば、公開が原則なので、第三者でも閲覧できる。日本企業からは「ATMなどに使われる技術は、企業秘密であるだけでなく、防犯上の問題もあり、到底開示できない」との声が広がっている。
2015年05月27日 22時03分 Copyright コピーライトマーク The Yomiuri Shimbun
引用ここまで====

中国内に情報機器を持ち込んで使うなら中身を公開しろといっている。以前にも電気製品などに組み込まれた制御プログラムのソースコードを公開しろと言い出して大反発を食らったが、あきらめていないらしい。
海外から技術を剽窃し、自国企業に与える意図は見え見えである。新幹線技術が堂々と盗まれたことを忘れてはいかん。

中国の巨大市場に目がくらんだか、金融業界が中国に進出しているのだろうか。物が物だけに安直な妥協をせず要すれば中国から脱退すべきだ。
無論技術を守ることも大事である。今後日本は安く大量に物を作ることで生き残っていけない。卓越した技術を常に進歩させることでしか生き残れないのである。コストをかけて開発した技術を安直に盗まれては国益を損なうというものだ。
話は脱線するが日本が不景気でメーカーがリストラに血道をあげていたころ、金型などの優秀な技術者が中国、韓国に再就職したらしい。当然技術を吸い取られたらお払い箱である。日本全体で技術を守る方策が必要であると思う。

それ以上に問題なのは、日本で我々の預貯金を守っている技術だということだ。中国で公開することで日本の預貯金が狙われる可能性がある。
暗号に関する技術はアルゴリズムが公開されても秘密鍵が盗まれなければ安全である。しかし、その鍵の受け渡しやワンタイムパスワードの連絡経路が丸裸になってしまえば穴も見つかるだろう。

レアアースの輸出制限のときと同じく、脱中国を進めるのである。そうしなければ未来はない。
posted by Mozzo at 23:23| Comment(0) | TrackBack(0) | まじめな正論! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ろくでなし子さんの裁判 わいせつを取り締まるというロジックがそもそも

この文章においては女性器のことをマンコ、男性器のことをチンコと表現する。文句がある人、気分を害する人、お帰りはあちらです。てゆーか読んでいる人がいるのか、このブログ。

「ろくでなし子」さんという漫画家、造形作家がいる。
自分のマンコの型を石膏で取り、それをもとに様々な作品を生み出している。その際の一部始終、彼氏のチンコの型も取ったという漫画を読んだが、彼のチンコの作品は見ていない。権利関係か?
ぱっと見た目田園風景のジオラマ、よく見るとマンコ。笑える。だんだん大掛かりになってきて、拡大してカヌーを作ったりもしている。
この人が裁判に訴えられる前から注目していて、サイトも見ていたのである。

このマンコの型を3Dデータにして配布したということで「わいせつ物を配布した」と裁判になっているのである。
はぁ?である。このマンコ芸術。面白いがどう考えても「劣情を催す」ようなものではない。これをわいせつ物だという人はむしろ煩悩で頭がおかしくなっているから検査したほうがいい。そのうち性犯罪をおこすぞ。
人の倫理観というのは様々であり、性器とか尻とか乳房とかを他人に見せたくないとか見たくないということもあるにはある。マンコよりおめーの顔のほうが迷惑だよっと言いたいケースもあるが、それを面と向かって言うわけにもいかない。これはいい、これはいかんという一定の方向性というものはあるのである。それはわからんではない。
だが、それは法律で制限するほどのことかと思う。
チンコやマンコを直接さらけ出してこれを見ろと首根っこを押さえつけられるのであればこれは強要罪として犯罪でいい。見たくない人もいるのだから、公共性の高い場所、例えば電車の広告とかショッピングセンターとか、そんな場所では「控えるという暗黙の合意」があってもいい。だがそんなことをいちいち法律違反だと目くじら立てて取り締まるというのはあまりにばかばかしい。

チンコもマンコも別に珍しいものではない。たいていの人はそのどちらかを持っているし、たいていの人はもう片方も見ている。触ったり口にしたりもしている。それをことさら「いけないもの」として取り締まる理由はなんだ。取り締まる側にどうにも抑えきれない妄想があるのか。
マンコとチンコは生殖に使うものであり、本能に大きくかかわるものである。食べる姿寝る姿とともに生殖にかかわる姿はあまり大っぴらに見せないという文化はあっていい。だが、文化だ。法律で取り締まることではない。

ろくでなし子さん(何て名前だ)の裁判でも過去の同様の裁判でも「これは芸術であってわいせつではない」という論法が使われる。法廷戦術上仕方ないのだろうが私は納得できない。
わいせつであろうがなかろうが、公がいちいちくちばしをはさむことではない。本質的にはそう主張せねばならないのではなかろうか。わいせつは芸術ではないのか。わいせつに感じる気持ち自体が芸術につながる部分もあろう。人間の心が揺れ動くすべてのものが芸術ではなかろうか。わいせつも否定してはいかんのではないか。
性的興奮も羞恥も自己否定・自己肯定もなんにもかも、心の動きは芸術なのである。

法律で抑え込むなということを言いたいのであって、ことさら倫理観としてあけっぴろげがいいと言いたいわけではない。隠すこともこれまた表現であり文化である。ちらりと見えるか見えないかがかえって魅力を引き立て心をかき乱すという面もある。
だいたい丸出しが当たり前になってしまえば、ろくでなし子さんの作品の面白さも失われてしまう。「マンコ? マンコだよこれ わはは」という視点がなくなれば身体の一部を使ったたんなる造形になってしまう。マンコもひじも手のひらも同じでは成り立たなくなってしまうのだ。そういう倫理的合意のもとに成り立つというのもこれまた事実。v
posted by Mozzo at 00:55| Comment(0) | TrackBack(0) | まじめな正論! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。