2015年06月23日

警察官の銃使用の抑制が厳しすぎるのではないか

まぁルール通りということなんだろうけど。という事件。

引用ここから====
おの振り回した自称米国人、警部補が威嚇発砲 新潟、盗難車で逃走後に

 21日午後1時5分ごろ、新潟県上越市大潟区渋柿浜の市道で、上越署の警部補が、おのを振り回した自称米国人の男に威嚇のため拳銃を空に向けて1発発砲した。男にけがはなかった。

 上越署は銃刀法違反の疑いで、男を現行犯逮捕した。逮捕容疑は長さ約35センチ、刃体約7・6センチのおのを振り回した疑い。

 上越署によると、同日午後0時50分ごろ、上越市の国道8号で、男が福島県で盗難に遭った軽トラックを運転していたところ、パトカーに発見され逃走。大潟区渋柿浜の市道で、パトカー3台に挟み込まれ車を降り、おのを振り回しながら約100メートル走って逃げた。

 警部補は「捨てろ、撃つぞ」と日本語で警告した後、発砲したが、男はさらに逃走。挟み撃ちした警察官らが取り押さえた。
引用ここまで====

けが人もなく取り押さえたらしく、結果はよかった。

だがこれが本当に米国だったら、即座に射殺ではなかろうか。まぁ米国の刑事ドラマの見すぎかもしれないが、斧を振り回したら射殺でしょう。
それがベストだというのではない。米国でも主に黒人差別をキーワードに警察の振る舞いが問題になってはいる。

ただ、日本の警察官のこのルールもあまりに抑制的ではある。発砲に至る経緯が詳しく描写されるあたりがいかに発砲に対するハードルが高いかわかるというものだ。この警官は山ほど書類を書かされたに違いない。

状況によっては即射殺も選択できなければいかん。この凶刃が一般人に向いたらどうなる。そうでなくとも警察官の命だって軽いわけじゃない。充分に警察官の命が守れる範囲で慎重にならねばならんのではなかろうか。警察官に追い詰められて斧を振り回す時点でなにをやるかわからん狂人だ。動いたら殺すでなにがいかんのかと思う。
もしこの自称米国人が日本通であるなら、いや日本通であるからこそ日本で車を盗み堂々と運転しているわけであり、日本の警官が簡単には発砲しないことを知っていたのだろう。
犯罪者の人権なんてどうなってもいいとまでは言わんが、少なくとも何の罪もない近くにいただけの第三者の一般人、職務に忠実な警察官の人権より尊重されていいとは思わない。どちらかが怪我するなり死ぬなりするしか選択肢がないなら明らかのこの犯罪者が割を食わねばなるまいに。

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もう一つ疑問なのは、空に向かって威嚇射撃ということである。
ルールでそうなっているのだろうが、それって安全なのか?
拳銃弾と小銃弾は違うが(同じ口径でも小銃弾のほうが寸法が長く威力がある。薬量が多いので初速が早い)、かつてどこぞの国の結婚式で空に向かって自動小銃を乱射する習慣があって(何て習慣だ)、その弾が落ちてきて当たり、重傷だか死亡だかという事件があったとうっすら記憶している。

警察が使う拳銃は口径9mmだとかで、拳銃弾としては中くらいである。威力は口径だけではなく銃の形式や薬量にもよるので一概に言えないが、日本だけではなく世界の警官が使用するものである。威力がなさ過ぎて撃っても逆上した犯人が向かってくるほどではいかんし、威力がありすぎて当たれば確実に死ぬでも困る。威力がありすぎると照準が外れやすいだろうし。ちょうどいいの、いうところか。

当然やってみたことがないので、空に撃った9mm弾が落ちてきて頭上に当たってどうなるかは知らない。
だが9mm径の重い金属の塊が宙から落ちてきて平気であるとは到底思えぬ。近くにいる罪もない一般人に当たるくらいならその犯人に当ててくれというもので。

警告射撃というのは、致命傷にならないもの、犯人の腕とか足とかそういうものに対してすべきではないのか。空に撃って第三者に当たるでは意味がない。まぁ殺さない範囲で傷つけると手負いの熊と同じで手が付けられなくなる恐れもあるが、それは状況に応じて。

警察が横暴に実力を使用するのであれば危険であるのはわかる。だが抑制しすぎもよくない。回りまわって市民の安全が損なわれる。

そこを適度に調整したいものだ。
posted by Mozzo at 00:39| Comment(0) | TrackBack(0) | まじめな正論! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月22日

自転車に乗るのもやっとというお年寄りがいるのだ

とある出先にわりと広い歩道がある。
広いがゆえに自転車が(たぶん通行OKなんだろう)すれ違っても余裕があるというほどの歩道である。
ところがこの歩道、ところどころに街路樹が植えられていてその部分だけ歩道が狭い。歩く人ならすれ違うことも可能であるが自転車同志はすれ違うのを躊躇する程度。

さてその歩道を歩いていたら遠く前方から自転車がきた。乗っているのはお年寄り。ゆっくりよたよたと走ってくる。もちろんこの人を邪魔してやろうなんて思うわけはないのだが、はてさて歩道が狭くなっている部分の手前で待ってやり過ごすべきか、狭くなっているところをこちらが先に通ってしまったほうがいいか。先に通って横によければそのお年寄りを邪魔することにはならない。
こうした間合いを測ることは日常生活上あることなのだが相手がよたよたと自転車に乗るお年寄りとなると難しい。

で、相手の位置と速度から考えて狭くなっている場所をさっと通り抜けて横によけるのがベストと判断した。
判断は間違いなく、そのお年寄りが狭いところに入る十数メートルも前の段階で私はその狭いところを通り抜け、横に避けた。

ところが、そのお年寄りはぐらりとぐらつき自転車を止めてしまった。私の行動が驚かせてしまったのだろうか。きょろきょろしている。自転車の操作がうまくいっていない。自転車を辛うじて止めたが、よたよたよたと止めようとしてから止まるまで数メートル。自転車の乗り降りもうまくいかないらしくなかなか再発進できない。
私が驚かせてしまったのだろうか。進路を直前でふさいだわけじゃない。10メートル以上の余裕をもっていたのだが。私の顔が怖かったのか。

ここに二つの問題がある。
一つは(お年寄りが私の行動にびっくりしたという理解が正しければだが)、お年寄りの感覚がわかっていなかった私の問題である。
ずっと何メートル前もから行動を起こしているとしてもお年寄りは反応速度が衰えている。かなり前から用意しないと反応できないとしたら私はその狭くなる場所の手前でそのお年寄りが通るように道を譲るべきだったのだろう。10メートルでの余裕では足りないということなのかもしれない。

もう一つはこの能力で路上に出ていいのかというこのお年寄りの問題。
まあ言っちゃ悪いが、自転車をさっと止める能力にも欠けている。自転車を止めて立っているだけでよろよろしている。これではだめなんではないか。
自転車はある程度の速度を出していなければ安定しないという特性がある。なぜ二輪の自転車が倒れず走れるのかといえば、走っているからなのである(説明になっていないがそうなのだ。必要とあらば細かく解説する。コメントを)。止まってしまえば綱渡りをするくらいのバランス能力を要する。

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さて具体的にどうあるべきだったのだろうか。

そのお年寄りが私に驚いたというのは私の推測ではあるが、驚かせてはいかんというのは一義的には正しい。
しかし、私がいくら気を付けても解決するだろうか。お年寄りが視界に入ったら身をひそめよというのも現実的ではない。物理的に邪魔したわけではなく、十メートルも前で避けたのだ。それでも驚くというのであれば「おばあちゃんの原宿」巣鴨では一歩たりとも歩けない。
だいたいお年寄り同士がすれ違うこともあるわけで何の実効性もない。

やはり、あるレベルまで体力判断力が落ちたら、それなりの移動手段に移行すべきなのではなかろうか。自転車はもう無理だという線があろう。
杖をつくとか、手押しのキャリーが椅子になる(あれはなんというのか)のもある。さらに衰えれば電動のカートもある。
今まで自転車に乗っていたからこれからもと思う気持ちはわかるが、どこかに線がある。これはバイクでも自動車でも同じだ。

まぁ私は後ろめたい気持ちを味わっただけで実害はない。このお年寄りもよろっとしただけで実害はなかた。だがこの先どうなるか。
これを正さねば死ぬのはお年寄りだ。暴走自転車にはねられて死ぬ事件が起きているがさすがにあのよろよろ自転車にはねられて死ぬというのは同じお年寄り以外にはそうはなかろうが、このままでは誰かに不幸が襲い掛かる。

お年寄りは自身のためにある程度衰えたら自動車、バイク、自転車に乗らないという判断を下してほしいものだ。

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とはいえ、これをお年寄りの自覚に求めるのは難しい。
一つは自身の衰えを客観的に受け入れられないという気持ちだ。自転車にも乗れないのかということを認めることはなかなかむつかしいのはわからんではない。
もう一つはただでさえ体力が衰えているというのに、移動手段が減ればさらに移動が困難になる。自転車なら買い物ができても、杖を突いて荷物を抱えてでは無理という人も多かろう。

事故が相次ぎ、やっと自動車については認知症の恐れがある場合、検査を義務付けたり免許を停止する仕組みが整いつつある。だがまだまだだ。ましてや免許のない自転車は野放しだ。
補助輪でよたよたとようやく自転車に乗れるようになった幼児をいきなり一人で遠出させないだろう。これと同じである。周囲と公で制限せねばならんのではなかろうか。

さて、単に制限するだけではお年寄りは困るばかりだし、実効性がありかつお年寄りを苦しめない方法はあるだろうか。
お年寄りが自由に外出できるようにタクシーを無料にすればいいのだろうか。
しかし、自転車でも杖を突いて出かけるでも、それなりの運動になる。タクシーをあてがえばいいというのは安直かもしれない。トータルとして老人福祉になっていない。
つまり、杖なり椅子にもなる押すカートに頼るなりで生活できる環境を作らねばならないのではなかろうか。
効率的に移動できるコンパクトな地方都市を作る。ある程度都市も役割分担で、生活環境を犠牲にしても24時間眠らない国際都市とか、子育てがしやすいとか、お年寄りが暮らしやすいとか、いろいろ必要だが、すべてを満たすのは難しいのではなかろうか。お年寄りが暮らしやすい、静かでゆっくりしていて移動が楽で医療と介護が充実している都市を作りそこに誘導する。
無論、生まれ育った土地で暮らしたいという人が多いのも知っているし、人生の終盤を生まれ育った土地にできればそれに越したことはなかろう。だが、それは経済的物理的に無理がある。妥協が必要だ。

すごく端的に言えば、よろよろと自転車に乗らねば外出がままならないお年寄りを放置していいのか、ということなのだ。
posted by Mozzo at 23:47| Comment(0) | TrackBack(0) | まじめな正論! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月21日

このダメ役員を擁護しているとトヨタ 潰れるよ

迷走というかなんというか、末端の社員ならともかく役員がこれではという報道。
引用ここから====
私生活わからない…トヨタ役員、高級ホテル滞在
2015年06月19日 14時41分

 世界的なトップ企業が初めて登用した女性役員の逮捕。

 一夜明け、トヨタの幹部や社員からは、驚きとともに会社側に説明を求める声も上がっている。

 ハンプ容疑者は東京都内の高級ホテルに滞在していたが、私生活を知る関係者は少ないという。

 トヨタ広報は「健康診断などで病歴はチェックできるが、今回のようなことを知るのは難しい」と説明する。社員の一人は「米国の現地法人での活躍ぶりは聞こえていたが、私生活まではわからない」と戸惑い気味。本人をよく知っているというトヨタ本社の幹部の一人も「逮捕されるような人ではない。状況を見守るしかない」と言葉少なだった。

 一方、60代の男性社員は「不安に思っている社員もいる。会社側はきちんと説明責任を果たしてほしい」と不満げ。20代の女性社員も「会社が女性社員を活躍させる制度の整備に力を入れているさなかで残念」と落胆した様子だった。
2015年06月19日 14時41分 Copyright コピーライトマーク The Yomiuri Shimbun
引用ここまで====

現状では当人は法を犯した意識はないと公表されているが、それだけの精神作用があるものを宝石箱の下に入れて送ったということはまともな人間とは思えぬ。末端の労働者ならまだしも何万人もの従業員の雇用を左右する役員がやっていいことではない。違法であろうがあるまいが。
すでにヘビースモーカーは否定されていると同じく、違法であろうがなかろうが薬物に抗しきれない人は企業経営に不適であるのは言うまでもない。

ただこの報道で気になったのは全然違う部分である。
「ハンプ容疑者は東京都内の高級ホテルに滞在していたが」である。薬物所持と高級ホテルは関係ないので報道の中立性としては触れるべきではないのだろうが大衆受けということでその「事実」に触れたのだろう。いいとも悪いとも言わぬ。

だが、考えてほしい。
トヨタと言えば乾いたぞうきんを絞るというくらいにコストカットを追求した企業である。ジャストインタイムと称して、部品の納入が遅れてもいかんが「早すぎてもいかん」と在庫管理を下請けに押し付けた企業である。末端の企業がどれだけコスト削減に苦しんだか。
それで役員は高級ホテル住まいか?
高々一人の役員が高級ホテルに住んだところで月々数百万円のことかもしれぬ。その費用をカットしたところで下請けにいくらも回るわけではない。だが象徴的な意味があるのではないか。
コストカットのトヨタに就職した以上、役員でもアパート見つけて住めよというくらいでいいのではないか。短期ならウイークリーマンションでもなんでもと言うべきではなかろうか。高級ホテルは自費かもしれぬが、それが払える状況なもっと安く仕事してくれというべきではないのか。下請けには利益を最大限圧縮して値下げに応じろと圧力をかけているのである。この人がトヨタに必要な人だったとしても、「利益を最大限圧縮して」と言うべきであるのだ。

というか、この容疑者、トヨタに害をなしているだけだろうに。金返せということを言っていい。

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もうひとつわからんのは記事にある「私生活がわからない」である。
無論プライバシーというものがあって、何を食ってどんな性生活をしてなんてことが知れる必要はない。だが、大企業の役員を務めるにあたって身辺調査がないというのも常軌を逸している。秘密を重視する防衛関連などでは末端で働く人まで身辺調査があるのだ。国防でないが重要産業トヨタの役員でこれか。甘くないか。何があったのだ。

かつて、経営危機に合ったJALでは西松社長が称賛されたことがある。
パイロットよりも低い役員報酬(パイロットも下げろって話なんだが)。
社員食堂で一般労働者と同じく並んで昼食。
都バスで通勤。

JALには文句を言いたいことも多々あるが(パイロットが社長より給料高いってなんだよ)、こうした経営者が企業のイメージをよくすることがあることについてはいいことだと思う。

翻ってこの容疑者はどうだ。違法かどうかは決着がついていないがトヨタの評判を落としていることは間違いない。
会社は現状擁護姿勢である。女性の活躍という観点で見方があまくなっているのか。女性だろうが男性だろうができるやつはできるしダメな奴はダメだ。
女性の活躍する場をという視点がすでにだめだ。男性と女性の能力的な差があることが証明されていない以上、性差別を一つずつ除外していけば自然と差はなくなるはずである。入り口で女性をと言ってしまうから歪んでいるのかもしれないし、そういう連中はよく見るとたいてい女性の敵だ。
報道を見るに、早期に最高責任者が出てくるなど、イメージ確保に最大限の努力をしているのはわかる。
だが、違法かどうか決着がついていないにせよそんな薬物が身の回りにあることはどうなのか。明確に(医療目的だとか)説明がつかないのであればたいていクビでしょうに。この状況一般社員ならクビでしょうに。
躊躇しているように見えるのは容疑者が女性だからか。それは逆の意味で女性差別なんだが。
posted by Mozzo at 16:52| Comment(2) | TrackBack(0) | まじめな正論! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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