2015年06月10日

靴を買って生産国に思いをはせる

最近靴を二足買うことになった。
これまでの靴がだめになってしまったので買い替えである。二足ほぼ同時にだめになったので痛い。。。。

一足はジョギングシューズ。とはいえジョギングをするわけではない。ラフな格好のお出かけとか近所の散歩・買い物とか、恰好をそれほど気にせず歩きやすいことを優先である。
もう一足はウォーキングシューズ。ジョギングシューズじゃちょっとなんだろうかと思うがきっちりした靴を履く場面でもないというときに。格好と歩きやすさのバランス重視。小旅行にはこういう靴もほしい。

ジョギングシューズはそれほど酷使していないのもあるが、数えてみると15年くらいもっている。我ながらびっくり。当然底のゴムの減り具合は15年だなというものだが靴底の機能を失うほどではない。先にかかとの内貼りがやられた。やはり一番無理がかかるのだろう。見た目いささかたびれているがそれほど崩れていない。まぁ15年にしてはということだが大した耐久性である。さすがはミズノと言いたい。

ウォーキングシューズはこのタイミングでここまでダメになるかと納得がいかない。
買った時はシャキッとしていたが、すぐに皮が伸びて上側がへなへなになった。まるで打ち捨てられたギョーザである。
今回かかとの部分が分離してしまった。水にぬれたこともあるしし、たまにしか履かないとはいえ2年たったからクレームを入れるほどではないだろうがもろすぎではなかろうか。
けなしているので名前は挙げないが日本ブランド、しかし生産国は中国である。

それにしてもこういう実用靴を買いに行くのはなんとも心弾まない。オサレシューズなら買うときも楽しいし、持ち帰ったらすぐに包みを開いて履いてみるのに。今回、えっちらおっちら持ち帰って、そのまま一日放置してしまった。

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新しい靴は生産国にこだわった。
こだわったと言っても安い量販店であるから日本製のこだわりの高級品なんておいていない。
前にもこのブログに書いたが中国製にひどい目に合っているというジンクスがあるから中国製は避けたいのだ。中国ブランドだけではなく日本ブランド中国製でもだめだ。
とはいえ日本で生活していて生活雑貨で中国製を避けることは不可能であるし、不承不承選んだ中国製がすべてはずれだったわけではない。確率の問題だ。
ちなみに韓国製では気付いた範囲ではすべてはずれである。あたりだったことがない。見た目だけの妙なタグが当たって気持ちが悪いシャツとか、どこまでも伸びてしまう靴下とか。とはいえ全体を見れば韓国製など微々たるものなので別にどうでもいい。中国製は選ばざるを得ないことがあるから無関係ではいられない。
まぁこういう経験をしたのでブランドに惑わされず生産国を見る習慣がついた。

とはいえ、靴で中国製以外のものが見つかるとはおもえなかった。あったとしてもデザインや機能が求めるものと違ったら意味がない。

ところが予想をいい意味で裏切ってくれたのである。

ジョギングシューズは今回派手なものがほしいと思った。そういう気分だったのだ・。
そうなると日本ブランドは若干地味であるからそれこそ海外ブランドに目を向けねばなるまい。
すると蛍光色がばきっと決まった派手なジョギングシューズを見つけた。「そんなんアンタには似合わんよ」と言われるにきまっているがそれがいいのだ。ちょっとそういうことを言われたいくらいだ。
しかもインドネシア製。文句なし。
インドネシアと言えば歴史上オランダに支配された時代あり、その後日本が支配した時代もあり(オランダから解放したという側面を指摘する考えもあるが、それはそれ、である)。その後も政権が不安定というか国の発展は決して順調ではなかった。スカルノ・スハルト時代あたりは決してほめられたものではない。
だが、人口も大きく資源もあり農業の地力があったため工業力も身に着けつつある今後確実に伸びていく国だろう。

ブランドはあのナイキである。発音はビフ・マッドドッグ・タネンにならってニーケイとしてほしいものだ(なんで?)。
ナイキの靴を買うのは初めてである。ジョギングシューズとしては入門編らしく、競技専門のうんぬんの高級なものにくらべるとお安い。とはいえナイキ。
新しい靴というのは違和感があるものである。下手をすれば靴擦れで泣かされる。ところがこれは履いて10分もしないうちに足に張り付いてくるようななじみ具合である。さすがナイキ。いや、ミズノの時も同じように思ったし、買ったことがないけどプーマもアディダスも、その他私が詳しくないだけで一流ブランドというのはこういうものなのだろう。
無論基本設計がいいのだろう。人間工学に基づいたデザイン。平面の布地から立体物を生み出す技術。
だが、最終製品にして完成させるのは工場の労働者の手による。設計通り正確に丁寧に加工することで実現する。
ジョギングシューズというのは足首をホールドするためにかかと側の皮が高く狭くなっている。アキレス腱の両脇をきゅっと押さえるような形になっている。最初はここで靴擦れするのも覚悟せねばと思ったのだがそんなことは全くなかった。丁寧な正確な縫製があってこそだ。

ただいま発展中のインドネシアの工場をナイキが指導し、インドネシアの労働者が真摯に努力したからこの製品がここにある。
まだインドネシア独力で人間工学に優れ、ブランドに優れる商品を生み出すのはむつかしいのかもしれない。だがナイキが指導すればこれだけの品質のものを生み出せる。ナイキの基準を受け入れ実現する工業力の素地が完成していることを示している。たとえ技術が外部からもたらされたといえどそれを製品に反映する能力はすでに充実していることを示している。
今後地力を上げて、自律的に海外ブランドへ「いい製品」を提案することもできるだろうし、さらにはインドネシアブランドも立ち上げることができるだろう。

場面は違うが、あのマクドナルドと日本マクドナルド。日本マクドナルドが提案したメニュやその他業務改善が本家にフィードバックされたという。インドネシアも同じく端緒は海外企業であってもいずれは旗振りしていい仕事ができるベースがある国だ。

おっと熱くなって語りすぎてしまったか。
でもインドネシア製ナイキのジョギングシューズの素晴らしさにぐっと来たのである。語りたくなってしまうではないか。

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もう一つのウォーキングシューズはカンボジア製を見つけた。これはナイキではなくその店のプライベートブランドである。つまり日本の靴販売業の企業が海外拠点での生産も手掛けているということだ。
カンボジアといえば悪名高きクメールルージュを中心とした内戦のために国内は荒れ近代化から取り残された感があった。やっと国造りの端緒についたという感がある。だが、海外の技術も導入しているとはいえ、すでにこれほど高品質の製品を送り出しているということは、海外企業の要請のこたえる素地が育っているということを意味している。物づくりの素地があり勤勉な民族であるのだろう。

ナイキの繰り返しになってしまうが、同じくらい満足した。これまたぴったりと貼りついてくるような履き心地で下ろしてすぐに何キロも歩くことになったが何ともなかった。足も疲れない。あの打ち捨てられたギョーザのような靴だと足がずれてすごく疲れるのだ。

こういうものを値段だけで語ってはいかんが、値段と品質がびっくりするほど釣り合っていないと言ってもよかろう。仕事が丁寧だ。細かく縫製を見ても実に丁寧。うちはきっちりやってますねんとメッセージが伝わってくるような感じ。
このジョギングシューズとウォーキングシューズ合計二足で、おしゃれシューズ片足分の値段にもならん。この品質ならもっと高くても買う、と個人的には言いたいが商売的にはむつかしいのだろうな。

中国製を避けた選択は正しかったと思う。

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しかしだ、中国と言えば近年成長著しい。
東アジアの中で日本だけが持っている先端技術というものも少なくなり、中国ではできないということは減ってきた。PCなど電子機器では台湾が一日の長があるがこの差も縮まりつつある。台湾企業が中国に工場を持つという時点でもうアドバンテージを失っている。
ましてや生活雑貨の分野で中国の技術が他国に劣っている面があるはずがない。事実のその巨大な生産力で他国を圧倒している。
にも拘わらず、フィリピン産の電子レンジ、台湾製のPCなど電子機器、ベトナムの服、マレーシアのHDD、そして今回カンボジアとインドネシアの靴。これらが消費者を喜ばせるのはなぜか(各国の名誉のために、優れた製品はこれだけじゃないからね。これは私の体験のみ)。翻って中国製で痛い目にあうのはなぜか。なぜ中国製のHDDは早々に壊れ、電気製品のネジは止めてなく、服の縫い目は布から外れているのか。商品がビニールに包まれているから丁寧だと思ったら、その商品は地面を引きずったような傷と汚れがあるのはどうしてなのか。

技術はある。やる気を出せばできるはずなのになぜ。

一つはまさにやる気の問題。「規則通りにきっちり作っても私に何の得があるじゃなし」と考えていないか。直接会えない消費者のためでも全力を尽くすのを是とするのが我々の考え方なのだが。
一つは日本向けと知るとあえて、ということはないか。以前にも書いたが日本向けの製品の包装に日本を侮辱する「小日本」と書かれていた騒動があった。

これだけ国力があってこのように見られているということを当の中国人はどう思うのだろうか。

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話をもとにもどすとこの靴のお買い物は大成功に終わった。
だが、この中国製品の否定というのは私の個人的な好悪で言っていることなのだろうか。無論中国製品のすべてが失格であるとは言っていないのであるが、感情的バイアスがかかった偏った意見なのだろうか。
これは他人に聞いてみるほかはあるまい。

この店は生産国にはこだわっているようには見えなかった。この店が扱う商品に限ってのことなのか、最近の靴は同じなのか、靴底に生産国が書いていない。昔は書いてあったように思うのだが。店員さんに聞いてみると靴のベロの部分(舌=タンともいう)の裏の見づらいところに書いてあるそうな。私の視力では見えづらいといったらない。
昨今の状況から一見中国製に見えないようにする動きもあるとか。「Made in china
」ではなく「Made in PRC」とするケースもあるとか。PRCは「Peoples's Republic of China」の略だそうだ。独裁国家が「Peoples's」もないし「Republic」もないと思うのだが。どこに共和制があるというのか。
本人たちも「中国です」と前面に押し出しては売れないことがわかっているのだろう。
非中国製を選ぶのも一苦労だ。

それはさておき。

私は自分の認識を客観化するために、店員さんにさりげなく話しかけた。
非中国製にこだわったことに軽く触れて反応をみた。考えてみれば店の商売にケチをつけたわけで本当にさりげなく、あくまでこれまで相性が悪かっただけ、私のジンクスなんだということで。
ところが、店員さんはわが意を得たりと乗ってきた。ノリノリである。
いわく、プロの販売員として中国製はけしからんと思っている、見るからに問題があるし、客からのクレームも多い。だが中国でないと数がそろわないとか納期が間に合わないとかいろいろあって本社は中国からメインに買い付けている。なのだそうだ。

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正直なところ生産国にこだわるようになったのはここ10年のことである。それ以前にも「食べ物は国産がいい」とは思っていたが電気製品から生活雑貨まであらゆるものに考えが及んでいたわけではない。

無論、第一に国産を優先したいが、すでに衰退して産業として成り立っていないものもある。新しめのものだとLED電球なんてのは国内産はごく限られている。がんばれ日立。我が家のLEDは全部日立の日本製だぞ! と意気込んでもその他がない。パナも中国製。
LED電球くらい国内で作れよと思うのだが、商品によって日本で生産するのに向かないものもあるわけで何が何でも国産とは言わない。

わざわざ外国で生産して運送費を費やしても日本で作るより安いということはあるのだ。だが、その理由が問題だ。
人件費が安い、地価が安い、電力や水が安い、原料の供給地が近いという正当な理由であるなら仕方あるまい。
だが、有害廃棄物を放出しても文句を言われないとか、奴隷的労働力を調達できるとか、地力水源を使い果たして涵養しないでも怒られないとかそういう理由で安いなら考え物だ。

そんなことはどうでもよくて安いほうがいいという人もいようし、なるべく正しい消費をと思う人もいる。せめて選択肢が欲しい。信頼できる国の製品を買いたい。
店中ひっくり返して探しても中国製しかないというのは販売業として正しいのか。
まぁ大きなお世話だが。

装置産業(機械があれば同じものがどこでも作れる)という意味でそういうものはどの国で作っても同じだという意見もある。LED電球なんてのはまさにそうだと。LED電球を作るラインは自動化されていて、人間が関与しないからどこで作っても尾内だという。
だが一方で中国製のLED電球が切れた、ちらつくとクレームを入れたら日本製が送られてきた、完璧だったという話も見かける。どう考えるべきか。

どちらも嘘ではないし意味があるのだと思う。
なるほど同じ機械を使っているというのは事実なんだろう。
だが、そこに投入する原材料は同じ品質なんだろうか。原材料や完成した製品の取り扱いは同じなんだろうか。精密に作られた商品でも地面にどんと落としたら壊れる。
メインとなる生産技術以外にも商品を扱う管理技術というものがある。これが関係するのではなかろうか。

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さて、この話には落ちがある。落ちというほど面白くないのだが。
先に挙げたミズノのジョギングシューズ、持ち上げてみたがなんと中国製であるのだ。当時はそれほど生産国を気にしていなかったから買ったのであるな。

私の狭い体験で「中国製品はすべて信用できる」とか「すべて信用できない」とか極端なことを言えるわけではない。何度も書いている通りすべてが不良品ではないし確率の問題なのである。事実、私の買った古いジョギングシューズはいい仕事をした。

だが、この狭い体験で想像してしまうことはある。15年前のジョギングシューズは丈夫で品質が高く、2年前のウォーキングシューズはダメダメ。
なぜだ。

まず妥当な考えとしては確率の問題。メーカーによってばらつきもあるし、同じメーカーでもばらつきがある。たまたま私がスカを引いたのであって、これをもってすべてがだめだというのも極端だし、その逆もおかしい。
もう一つはミズノが特別に品質管理に厳しい会社だったという説。ミズノは手抜きを許さないということかもしれない。

さらにもう一つ。これはそうあってほしくないのだが、昔に比べて真面目に作っていないという説。
先に述べたとおりすでに中国はそれなりの技術のある国である。生活雑貨を作る技術に欠けることがあるはずがない。10年違えばさらに洗練されてしかるべし。それで粗が目立つというのはやる気がないからという可能性がある。
さらに邪推すれば日本向け製品と知ったら手を抜く、製品を貶める(たとえば唾を吐くとかね)ということがあってもおかしくない。先に挙げた日本向けの包装に小日本と書く発想だ。

繰り返すが私の狭い体験で決めつけるものではない。不買運動を焚き付けたいわけじゃない。
ただ私個人のジンクスで何度も何度もいやな目にあったから中国製はなるべく避けるということだけだ。それにより数で圧倒する中国製以外の商品を選び、そうした国の生産に寄与することができればそれはそれでいいことだ。
こうして文章にすることで生産国に目をむけるという考えを広めたい。衣服や靴など決してハイテク産業ではないものでも作り手の姿勢は見えてくる。どの国で作られたものか意識することがその国への理解が進むというものだ。
posted by Mozzo at 20:14| Comment(0) | TrackBack(0) | まじめな正論! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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