2015年06月11日

民主党が腐りきって話にならない なんとかならんか日本の政界

下野したのに傲慢さは変わりないというのはまことに民主党は腐っている。
自民党も腐っていたが下野してだいぶ変わったぞ。馬鹿かね君たちは。

引用ここから====
「官僚、必ず処分する」民主・小西氏、声荒らげ
2015年06月10日 10時07分

 民主党の小西洋之参院議員は9日の参院外交防衛委員会で、集団的自衛権の憲法解釈を巡る質疑の際、中谷防衛相の答弁を巡り、秘書官が防衛相に耳打ちしたと指摘したうえで、「国会議員が真剣勝負で議論している。なんで官僚が後ろから補佐するんだ」と声を荒らげて批判した。

 総務官僚出身の小西氏は、「私もかつて霞が関の官僚で、大臣の補佐をした」とも述べ、官僚が閣僚の国会答弁を手助けすることには一定の理解を示した。

 ただ、続けて「(集団的自衛権の限定容認という)憲法違反のお先棒をかつぐような官僚の皆さんは絶対に許さない。政権を奪い返してから、必ず皆さんを処分する」と強調した。

 小西氏の処分発言について、官僚の一人は「明らかに官僚へのどう喝だ。公式な委員会の場で問題発言ではないか」と反発した。
2015年06月10日 10時07分 Copyright コピーライトマーク The Yomiuri Shimbun
引用ここまで====

感情だけで物を言う民主党。自民党を攻撃できれば道理なんてどうでもいい民主党。いまさら驚かないがこの報道はひどい。
官僚というのは大臣を頂点とした行政に携わる人々だ。いろいろ特権だの怠惰だの批判されることもあるのだが、その立場というものをひっくり返してはいかん。
行政に携わるということは立法府に属する国会議員が軽々しく攻撃していい存在ではない。三権分立の精神から言って、批判するのであればそれなりの道理をもって行わねばならない。批判してはいかんというのではないが、充分な道理がなければ立法府の暴走だ。
さらに、選挙を経た国民の信託のもとにある大臣と、試験を経たとはいえ通常の労働者と同じく働いている公務員では意味が異なる。
大臣は国民が信託した内容に沿って行動する義務がある。公務員は個々の主張はあれどそこは抑えて行政府の方針に従う義務がある。公務員は選挙によってえらばれているわけではないし、選挙によって職を追われることもない。これら公務員を責める理由は全くない。

この当たり前の原則を踏みにじって、自らの主張に沿わない公務員はいつの日か粛清してくれると恫喝しているわけだ。
こういう人が日本にいるのはまだ幸運で、北朝鮮に生まれていれば死刑で人をどんどん殺しているだろう。北朝鮮がやっていることと発想はおなじなのだ。ワタシと同じように考えない奴はバカバカという幼稚な発想。

どこまで幼稚なのか。そしてこの幼稚な政党を支持する人がまだいるという驚愕の事実だ。まだ立場の差はあるとはいえ共産党のほうがまともだよ。

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また、民主党の攻撃のしどころが耳打ちをしただのなんだの細かいことばかりで手続きの裏を突いたり、発言がわかりにくいとか矛盾点があるとか、くだらないことばかりやっていてそれを自慢しているのが阿呆かと思う。

手続きなんてどうでもいいのである。日本が何をすべきかせざるべきかを議論してほしいのに耳打ちがどうのなんて国民をばかにしている。与党の説明がわかりにくければ確認すればいいのであってそれで審議拒否だの辞任勧告だの馬鹿ではないか。
仕事をしてくれと言いたい。

自民党にも文句はある。
野党からの攻撃に弱腰ではないのか。
戦術上刺激したくないのかもしれないが、原則を通してこそ支持者はついてくるものではなかろうか。
たとえば河野談話や村山談話を継承するっちゃするというのだけどでもしかしみたいな姿勢をとるのは日本にとっても自民党にとっても、また中国韓国にとっても不幸なのだ。
検証できる客観的な事実に基づいて歴史を見直そうと堂々と言えばいいのだ。俺たちが言うことだけが事実だ、見直しは許さんと中韓は反発するだろう。しかし、科学的な検証だけが両国を納得させる唯一の方法だ。あいまいな態度は「実は違うのに」という遺恨を残すのだ。
民主党あたりのくだらない難癖を議会戦術で相手にするのも全くの間違いではないのだが、波紋を起こしても毅然とした態度をとるべきではなかろうかと思うことが多々ある。
相手が優れた論客であれば議論の是々非々で臨むのも戦術だとは思うが相手は民主である。相手にした時点で格が下がるというもので。

決して自民党支持者ではない。気に食わないことは多々ある。だが野党がだめすぎだ。何とかならぬか。安倍首相がベストという状況はいかにも不幸だ。
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おばさんのふり見てわがふり直せ

中高年の振る舞いに厳しいわがブログである。
自身のことは言いたくないのだが中高年の部類に属する。
であるからこそ責任をもって中高年を批判せねばと思うのである。

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女性をおばさんと呼ぶのはもはや蔑称であると言ってよかろう。
漢字にして小母さんと書くおばさんはもはやあり得ない。
子供から見て叔母さん、伯母さんはあるわけだが、たいていXX姐ね(ねえね)とかねーちゃんとかいうのが常識というものである。

だが世にはおばちゃんというかおばはんというか、何ともひどい人がいるのもこれまた事実である。
マナーの悪さを今回指摘したい。
おばはんもおっさんもマナーが悪い。悪いのだが質が異なると思うのである。
おっさんのマナーの悪さは根底から悪い。マナーが悪いことがわかっていて、図々しいほうが勝ちだと思っていてそのマナーの悪さを押し通すところが大変に腹立たしい。まぁこんなブログで指摘したところで直るようなものではない。おっさん最悪。

それに比べるとおばはんは無知ゆえにというおおらかさがある。まだすくいがあるというか自覚してもらえれば改善するのではないかという希望がある。
ぜひ自覚して社会を明るくしてもらえたらと思うわけである。

おばはんはなぜか他人が邪魔になる場所に立ち止る特性がある。「そこに立ったら邪魔でしょ、危ないでしょ」というところに立ちどまり歓談する。あと1m横にそれてくれたらいいのにと思うのだが一番邪魔になる場所に立つのがおばはんである。その場所を選ぶ能力は天才的であるともいえよう。

駅など混雑する施設には動線というものがある。等しく人が行き来するわけではない。どんなに混雑する施設であろうとも、人が右に左にと行きかう場所と、人が通らず停滞する場所というものがある。立ち止ってしゃべりたいなら人が通らない場所にすればいいのである。
たとえば大きな柱がある影は人が通らない。人の流れの陰になるように大きな柱の近くに立てば限りなく他人の邪魔にはならない。
そんなことは長い人生で自然と学んでいてもいいのだが。

もちろん判断が微妙な状況で読み間違えてしまうということはあろう。そこまで厳密にふるまえとは言わない。判断を間違えれば人の邪魔になっている(人がぶつかってくるとか避けるとか滞留するとか)ことになり、周囲を見れば気付く。結果として気付いて直せばいい。ほんのひと時邪魔になってもそれはそういうこともある。
しかしいくら緩い視点で見ても、駅の自動改札機の前で話し込んじゃだめでしょ。あまりに邪魔で「ちょっと」と声をかけた人を睨み返す始末。なにか人を邪魔する宗教かなんかか。

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おばはんはなぜか公共交通機関で荷物を椅子に乗せる。

私の隣に座るなという意味なんだろうか。
全く無意識にやっていることでもないらしく、荷物を気にするそぶりをする。
「いや、まだあっちの席も空いているし、私が荷物を載せてもいいでしょ」
「言ってくれれば席を空けるわよ。立っていたい人がいるなら私が荷物を載せていてもいいでしょ」
と言い訳しているかのようである。

失格である。
手荷物には二種類あり、地面に置くことがあるもの(スーツケースなど)とそうでないもの(ハンドバッグなど)がある。、
地面に置くことがあるものを座席に置くのは失格である。ましてやテーブルに乗せてはならない。網棚というのはどうか悩みどころかもしれぬ。飛行機の頭上の棚のように密閉されるならいいが、網棚ではほこりなどが落ちてくるではないか。しかし、ある程度の大きさのものは乗せてよいという暗黙の了解があるようにも見える。

逆に地面に置くことがないものなら座席においてよいのかと言えばそれ自体は問題ない。ある程度かしこまった席であれば大きな荷物はクロークに預け、小さなハンドバッグは椅子に置く(背もたれと腰の間)だろう。さすがにテーブルに乗せるのはダメ。テーブルはお皿と同じと思えばよろしい。
ただ公共の交通機関での振る舞いとして、荷物に座席を占有させるというのは許されざることである。膝の上が正しい。いくら空いていても荷物に座席を占有させるのは不作法なのだ。

買い物帰りかいくつも小さな包みをぶら下げている人もいる。「こんだけあるんだから座席に乗せてもいいじゃない」と無言のメッセージを発しているかのごとくである。
なるほどそれだけあれば膝に乗り切らないかもしれない。
だが、それほどの荷物を持つ時点でマナー違反なのだ。醜悪なのだ。若者が衝動買いしてしまったならまだしも、分別あるべき中高年でそこをわかっていないのではいかん。
多数の買い物があるということがわかっていれば大きな鞄を用意するなり荷物持ちの若い子を連れてくるなりすればいいのである。いや、本来はある程度の買い物をしたら荷物を届けさせることができるようなところで買い物すべきなのであるが。「外商に回しといて」と言えるように。
なんにしても衝動買いをするようなことではいかん。若いうちならまだしも、落ち着いた年齢であれば商品を吟味し、販売店を比較し、計画納得の後に買うべきだ。
それを無計画に買い物し、店の小さな包みをいくつもぶら下げているというのはいかん。まるで浮浪者のようだ。

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おばさんの悪癖として、集まるとうるさいというのもある。
中学生も70歳も同じである。声が黄色ではなく茶色というところだけ違う。
他愛のないことで騒ぎうるさいと言ったらない。
話題も中高年だから高尚ということはないようだ。中学生とさして変わらぬ。誰それさんがどうしたのナントカが美味しいだの。他人様に聞こえるような大声ではなすことではない。
中学生でもうるさいことは変わりないのだが、まだ「元気溌剌でいいね」とプラスに見ることができないでもない。いやうるさいが。中高年が同じことをやっても周囲にプラスの評価はしてもらえない。
落ち着いた上品な態度をとることができれば、しかも話題がそれなりに高尚であるなら尊敬されるというものだが。

逆に言うとおばさんは「つるむ」ということでもある。
一人で街に出てなじみのバーかなんかで店長としゃれた会話をしてすっと帰ってくるみたいなことに価値を見出さないのか。私は子供のころからつるむことが嫌いなので理解できないんだと思うのだが、つるみたがる性質とつるんだ時の騒ぐパワーには驚きである。つるんだ時は迷惑をかけがちということを肝に銘じて行動してもらいたいものだ。

つるんだおばさんは無敵である。
あまりの不作法に周囲が注意しても、それがどんなに正当な批判であっても、「そんなのいいでしょ、ねぇ」「そうよねぇ」「こっちの勝手よねぇ」「ねぇ」で自分たちで自分たちを正当化して聞く耳もたない。自己正当化回路が二重化されておるのだな。
いくら正当化しようとも周囲に白い目で見られていいのか。客観的に見直していただきたいものだ。

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こういうことを書くと色を成して反論する人もいよう。若い人のほうがマナーが悪いとか。
もちろんこれは平均値の問題であって、不作法な若者もいるし立ち居振る舞いの美しいお姐さんもいる(こういう場合はおばさんとは呼ばない)。
しかし、今の30歳代前半以下の世代は大変に洗練されている。経験不足やついはしゃいでしまって迷惑をかけることもあるがすぐに気付いて謝ったり正したりできる。ちょっとぶつかったとかそういう小さなことで「ごめんなさい」がすぐに出てくるのは若い世代ではなかろうか。
50歳代より上の男性なんてのはひどいものでぶつかってもなんとも言わない人も多い。謝ったら神様の罰が当たる宗教かなんかか。
正直なところ昔の若い世代(つまり今の中高年)は今の若い世代より不作法だったし粋がって無礼な態度をとっていたと思う。不作法無礼で上の世代に反発するすることがかっこいいと思っていた節もある。

まぁこんなことは比較の問題ではない。自らにあるべき見識と作法を理解し実践できているかが大切なのである。
互いに気を付けて暮らしやすい世界にしていこうではないか。
posted by Mozzo at 11:15| Comment(0) | TrackBack(0) | まじめな正論! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

いくら老舗でも地下道を使う「権利」があるわけじゃない

それは理不尽・わがままな態度ではないかという報道。

引用ここから====
地下道の老舗串カツ店、市が撤去求める命令書
2015年06月08日 15時41分

 大阪・梅田の地下道拡幅工事に伴い、大阪市が地下道で営業する店舗に立ち退きを求めている問題で、市は8日、営業を続けている老舗串カツ店「松葉」など5店舗に対し、道路法に基づき店舗の撤去を求める除却命令書を交付した。

 期限の10日までに、店舗側が命令に従わない場合、市は行政代執行法に基づく「戒告」を行った上で、強制撤去に踏み切る方針。

 市は昨年9月に地下道の占用許可を打ち切ったが、松葉は「一方的に退去を決められた」などと反発。松葉は今年4月、市に地下道の占用許可の更新を求めて大阪地裁に提訴している。
2015年06月08日 15時41分 Copyright コピーライトマーク The Yomiuri Shimbun
引用ここまで====

これまで占用許可を取っていて違法に占有していたわけではないようだが、それが当然の権利、永続的な権利と思っているように見えて腹立たしい。
こういうものはあくまで一時的に必要に差し迫った場合にのみ許可されてしかるべきだ。
この場所は市の財産だ。場所が空いているなら有効に活用する義務がある。占用許可を出す際には手数料を徴収するが微々たるものらしい。ちょっと調べてみたが大阪市営地下鉄の地下道の手数料はわからなかった。道路だと手数料が1件1100円という例があった。地価や管轄する団体によって値段は違うらしいが大した金額を徴収するものではないようだ。
商売をやるほど空いているなら市自らなにか店を出すとか、入札して公平に募集し賃料を徴収すべきなのである。長年同じ業者が占用していたというのはなんらかの癒着と言ってもいいのではないか。そこに店を出したいという人はほかにもいるだろうに。

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そもそも屋台とか路上販売というものについて私は否定的に見ている。

食べ物屋については衛生面の問題もある。どうのこうの言って、衛生は清潔な水が豊富に使えて適切に排水され、電気が使えることがベースなのである。消毒薬とか滅菌した用具とかそういうものは補助的な存在なのである。よく洗い、干す。熱する、冷やす。これが基本。

衛生は別としても、他人様の土地を使って商売しているという問題がある。
店を構えている通常店舗は賃貸にせよ所有しているにせよ、地代を負担している。
賃貸料は月々馬鹿にならないお金が出ていく。いい場所はより高く、安い場所は商売がうまくいかない。
所有しているにしても取得にかかった費用は毎年償却していかねばならないし、ずっと昔から持っている土地であっても固都税など払うのである。
こうして通常の店舗を経営する企業は頑張っているのに、お金も払わず一等地にしゃしゃり出てくるというのはあまりに公平を失っている。

同じ理屈で店舗は狭いのに路上に商品を展開する店も許しがたい。
私の行動圏内で目に余る店がいくつかある。路上看板くらいなら(交通の邪魔になっていなければ)目をつぶるが、店の面積が何倍にもなっていると自分が実害を受けていなくとも腹が立つ。義憤というものか。
ある店は花屋なのだが、歩行者専用の商店街にあるのでやりたい放題である。
まず奥行き方向(道路と直行する方向)に倍ほどはみ出してくる。さらに横方向(道路と平行する方向)に右側倍!左側倍!さらに倍!てな調子で広がる。たまたま両隣が昼間は使われない施設管理用の出入り口だったり壁だったりするのでこの店は自分の領土として堂々と使っているのである。
私が正式に占用許可を取って弁当屋でも営業したら「営業妨害だ」とでもいうのだろうか。
花屋が売り上げ好調で面積が足りないならそれに見合う物件を借りればいいのである。

別の店は果物屋なのだが、ちょうどモールの死角というか動線から外れたスペースに隣接し(店自体は人通りのあるルートに面している)、デッドスペースは全部自分のものと考えている店の広さは10倍になっているのではないか。
好き勝手に商品を広げるし、ものは果物だしと、地面は汚れ清掃ができないため、新しいモールなのにその一角だけ廃墟のようである。

絶対にこういう店では買い物をしない、と誓うのであるがみな無頓着にこういう店で買うのだな。値段が安いのかもしれないが、ずるい方法で地代をケチっているのに。

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最初は元手がなくて屋台ひとつからスタートしたのだ、というと美談のように聞こえる。
たしかに、未経験の若者がいきなり店を持てるはずもなく、大きな店に勤めて修行するのもある意味むつかしい時代になっている。
多くの飲食店が企業化され、徒弟制度的な修行の場ではなくなりつつある。従業員は役割に応じた駒に徹するほかはなく、「つぶしのきかない」経験ばかり積むことになる。価格競争の中でぎりぎりの低賃金長時間労働にあえいでいる。到底将来独立する費用をためつつ修行するという環境にない。
個人経営で有能な親方の元で修行できるのが理想だが、技術も高く客単価もたかいという条件に恵まれた店に勤められるひとはなかなかいない。

ならば才能ある人は屋台からスタートしたほうがハッピーということはありうる。
まぁそれを一切受け付けないほどこの世の中に余裕がないとは言わない。
だがせいぜい開業2年で何らかの店舗を借りられるくらいになってほしいものだ。そのまま老舗ではいかん。2年で店舗を借りられないなら才能がないのだ。
なにも店舗を丸ごと借りなくてもいいのだ。夜だけ営業している店舗を昼間だけ借りて賃料を折半する方法だってある。そういう店も増えた。

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経済を動かすのは最終的に消費者だ。
飲食店でいるなら客だ。
単に自分の食べたいものを食べられたらいい、ではなく正当な健全な競争を実現するのも客の態度にかかっている。
料理がうまくサービスが気持ちの良い店に行く。そうでない店にはいかない。
それと同じく正々堂々リスクをとって商売をしている店に行く。そうでない店にはいかない。
そういう消費者でありたい。

具体的に言うと屋台や仮設店舗は利用しない。前述のとおり店が変身ロボのように拡大する店も利用しない。派手で邪魔な看板を路上に出す店も利用しない。しつこい呼び込みを使っている店も利用しない。値段は張っても正しい材料を使う店を選ぶ。
posted by Mozzo at 09:47| Comment(0) | TrackBack(0) | まじめな正論! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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