2015年06月13日

日高屋好調でチェーン居酒屋低調だそうな

先日このわがブログでお手軽中華外食チェーンの日高屋と王将に触れた。
http://mozzo-expresso.seesaa.net/article/419014855.html?1434122980

まぁこのときは日高屋の業績がいいというのは話の枕であって、王将のとある大変にレベルの低い幹部(店長か?)のいる店がいかんという話を書いたのである。
まさかこの一店舗でチェーン全体の明暗がつくとは思えず。可能性としてそういう風潮が蔓延しているのかもしれぬが、そんなことを一個人で調べられるわけもなし。

だが、王将との比較だけでなく外食チェーンの中で日高屋は伸びているのだそうだ。

とある記事の分析によれば「ちょい飲み」需要を取り込んだからだという。
居酒屋でがっつり飲むのではなく、夕食のついでに数杯おとなしく飲んで出てくる。そういう飲み方をしたいという人に受けているという。
で、それ専門ではなく、昼間は昼食、店によっては朝食も、小腹の空いた人の軽食に、普通に晩御飯にとオールラウンドに対応するからいつも客数が落ちず利益が高いというのである。

ちょい飲みに話を絞ると、日高屋に限らず最近伸びているという。
あの吉野家が晩酌のできる店というのを作っている。都心の店舗で2フロア(二階建て)の店舗だと昼食のラッシュ時は2フロアが回転するが、その他の時間帯は1フロアにして営業する場合があるという。2フロアを開くと両方に店員を配置せねばならないから、牛丼目当ての人を対象にしているかぎり1フロアを閉めねばならない。もったいない。
空いているならそこをちょい飲みスペースとしたらどうか、簡単なおつまみを出したらどうかとやってみたら受けているという。まだ限られた店舗だけであるし、お酒を重視した展開だから今後も郊外店には広がらないだろうが、今後収益改善の一つのカードになるかもしれない。
そうでなくとも吉野家にはビールのほかに冷酒があるし、牛皿や浅漬け、ポテトサラダなどつまみになりそうなものがある。なおビール・酒は合計3本までの制限あり。まさにちょい飲み。

ファミレスチェーンでもちょい飲みに力を入れている。
ずっと以前からファミレスでアルコールが飲めなかったわけではない。だが、せいぜいビールとあって大メーカーの美味しくない日本酒。

脱線するが日本酒というのは妙な商品ヒエラルキーを持っている。
TV CMを打てるような大メーカーがあり、多くの中小企業メーカーがある。そこまではまあ普通のことである。
ところが大メーカーの商品の評判がよろしくない。中小メーカーのこだわりの銘酒のほうが評価が高く、高価でも売れる。入手困難な銘柄もある。実際飲んでみれば確かに値段と評判だけのことはある。
大メーカーも普及品から高級品まで作っていて、高級品はそれなりに美味しいのかもしれないがぜんぜん有名にも評判にもならない。普及品となるとこれがひどいものである。ここ10年くらいはだいぶ良くなったのである。かつてははっきりとまずく、私は若いころ某有名銘柄の酒を一本もらったが、とうてい飲めないと思ってこっそり捨てたことがある。臭くて甘ったるくて。安っぽい宴会で出てくるあの臭い日本酒のにおいと味がするのだ。私がお酒を捨てるなんてとんでもないことで、砂漠で水筒を投げ捨てるくらいのことなのにだ。

無論値段は安い。大メーカーの技術はお米をケチるために使われているようなのだ。お米をケチれば酒には妙なにおいがつく。米の外側は栄養があるゆえに発酵によってみょうなにおいがつくらしい。香りがよいことが身上の吟醸酒は米の外側を磨いて磨いて半分ほどにしてしまうのだ。削った分はかす(ぬか)となってしまう。米をケチれば外側も使わねばならない。
また量を補うために醸造用アルコールを添加する。味のない単なるアルコールのようなものだ。そうすると味が痩せるため、糖類酸味料どころかアミノ酸(化学調味料みたいなもんだな)を加える。ますます迷走してしまう。まだアルコールだけにしておけば変わった風味の焼酎として飲めるものを。
ま、それで構わず飲む人がいたから大メーカーであり続けたのだろうが。

最近は技術の進歩で材料をケチっても酒造好適米でなくとも味を調えられるようになっていると伝え聞く。それより農家と協力していいお米を安定した価格で使えるような体制を整えることに情熱を傾けてはもらえぬものか。

と、この話題が始まると止まらない。
ちなみに中小メーカーなら全部美味しいかというとそうでもなく、すごくまずい安酒を作ることに企業の生き残りをかけているメーカーもある。良いお米をつかい、手間をかければそれなりの値段になるのは当然。たかだか数百円をケチってまずい安酒を飲むよりちゃんとした酒をちびちび大事に飲んだほうが幸せと思うが。

まぁ脱線もそろそろ終わらせねば。

で、ファミレスもビールとまずい日本酒ではだめだと気付いて、美味しい日本酒、焼酎、ワインなどを出すようになってきた。
また一皿で食事が終わってしまう量の献立ばかりではなく、おつまみになるメニュを増やした。
値段のことをだけを言えば、客にしてみれば居酒屋よりも手軽でうれしいし、店にしてみれば500円そこそこに落ち込んだ客単価を千円以上に押し上げてくれるのだからうれしい。しかも、客単価の低い客が一番回転が悪いとしたら。そりゃさくっと飲んでさくっと食べて帰るちょい飲みより、ドリンクバーで数時間粘る人のほうが効率悪いわな。

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で、ちょい飲みが盛り上がればへこむところもある。日常的にお酒を飲みたい人たちというパイが拡大したわけでもなかろう。
チェーン居酒屋がその打撃を食らったらしい。
割と気軽に食事をする場所でちょい飲みをする人が増えた分は、すべてチェーン居酒屋から流出したという意見もある。もはやチェーン居酒屋の市場は「草刈り場」だと指摘する人もいる。

なるほどわかるような気がする。
言われてなるほどと思ったが、私自身ずっとチェーン居酒屋に行っていない。
お酒は好きだし外食も多いのでかつてはチェーン居酒屋にも行っていた。
だが、もう何年も行っていない。
特に「一見安く見えるけどそうでもない店」は行っていない。

料理が安いと見せかけて酒が高いとかその逆とか、飲み放題やセットメニュを頼まなければいけないとか、結局安く見えてもそれなりの金額を払うことになる。
まそれは店がだましているというのは言い過ぎで、繁華街であれだけのスペースを二時間三時間と占有するのだからそれなりの客単価でなければ成り立たない。
だが、それでも安い店を演出するために従業員の人件費を削るから人手は足りないし、レベルも低い。
せめてうまいものでも食えるのかといえば、食べ応え重視のでんぷんアンド脂みたいな食事ばかりだ。

もちろんもっといいものを出すとか、サービスを向上させて経営が成り立つのか、お前やってみろといわれてもできるはずがない。実情とニーズがずれているのである。
仕切りのある席でスペースがちゃんとあって、二時間以上くつろいで、それなりの質の料理とサービスを受けたければ最低でも一人当たり8000円〜一万円は払うべきだと思う。地価の高い大都市ならもっとだ。
そうでなければちょい飲みである。きちんとしたサービスにお金を払える人は払って産業を支えてほしいし、そうでなければそこそこで満足だ。

こうやって比較してみると、外食の値段とは座席と人件費なのだなとつくづく思う。
日高屋さんは私も利用するのでわかるのだが、一人客は基本的にカウンター。ボックスシートも狭い。
チェーン居酒屋の場合、最近他人との接触を極端に嫌う風潮からか個室、半個室をうたった店もあるが、そんな店に二時間も座るのと比べて、日高屋さんに行って定食や麺類を注文して待って食べて飲んででせいぜい30分。しかもカウンター。面積当たりの客回転数はどれだけ違うか。
また、この客数を数人の厨房とホールで回しているわけである。狭いから人数も少ない。
故に材料費などケチられているわけではない。ケチっているとしたらどちらかと言えば。。。

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チェーン居酒屋に足が向かない理由はまだまだある。

とある報道の記事ではチェーン居酒屋の献立が、見かけ倒しで安っぽく出てくるのが遅いという指摘もあった。質についてははチェーンによるが少なくともスピードに関してここまで名前の挙がった日高屋、吉野家、ファミレスにかなうはずがなかろう。
まぁ事情はあるとはいえその点で劣っていると思うならチェーン居酒屋のポイントは下がる。

利用者側から見ると別のこともある。

まず、チェーン居酒屋はうるさい。個室があっても防音されているわけでなし。大声で騒ぐ宴会の学生や会社員。人の楽しみにケチをつけてはいかんがうるさいものはうるさい。酒が入れば声が大きくなる人もいるが、これでは小さな声で話ができない。かといって静かにせよと言えるわけでなくこちらも声を張り上げるのは嫌だ。であればこちらが引くよと日高屋。

またチェーン居酒屋は煙草の煙がひどい。店中に充満してるし禁煙席はないし、あったとしても煙が襲ってくる。まぁ居酒屋では煙草を吸ってよいという暗黙の了解があるというならあえて文句は言うまい。こちらが引くよとファミレス。

煙草で話は脱線する。
これは私の偏見なので話半分どころか眉に唾つけて話1/10くらいで聞いてほしいのだが、喫煙者の飲み会と非喫煙者の飲み会は雰囲気が違うと思うのである。
あくまで私が感じた傾向の話なのだが、喫煙者は酔っぱらって騒ぐ傾向がある。逆に非喫煙者は酔っぱらうまで飲まないか、酔っても静かで、語り合う飲み会を好む。ような気がする。私の周囲はそうだし、かつて同席した知人も横に座った見知らぬ客もそうだった。
非喫煙者の私が大人数で騒ぐことを好まないための偏見なのかもしれないがどうもそんな気がする。騒いでうるさい飲み会は嫌いだ。
まぁそういうと自分が高尚であるような言い方に見えるかもしれないが単につるむことが嫌いなだけである。逆に言えば協調性がないのであろう。くだらない飲み会に出るくらいなら一人で飲みに行ったほうが楽しい。

もし私の偏見があたっているのであればすみわけのために、喫煙者はチェーン居酒屋、非喫煙者はちょい飲みが互いにハッピーなのかもしれない。というか世の中には酒を飲まない人もいるということを忘れてはいかんが。

と話題はもとへ。

チェーン居酒屋の特徴として豊富なメニュがあるだろう。
対するちょい飲み陣営はメニュがシンプルだ。
吉野家なんてのは昔は牛丼専業であった。その後メニュはだいぶ増えたが少ないし、そのちょい飲み仕様の吉野家もごく定番のおつまみが若干ある程度のように見える(行ったことないので)。日高屋も麺や定食のメニュがそれなりにあって、おつまみのメニュは1ページにまとまるほど。定食を単品にして頼んでもつまみになるメニュは少ない。ファミレスも似たり寄ったりだ。ちょい飲みの名にふさわしく種類は少なくさっとできるものに特化している。

対するチェーン居酒屋は簡単メニュから始まって和洋中華煮たり焼いたり揚げたりでメニュ豊富。チェーンによっては日替わりの刺身にこだわる店あり、季節ともなれば鍋があり、最後はいろんなデザートメニュまである。
客から見ればいろいろあるのはうれしいかもしれない。だが、店の売り上げ規模に対して多すぎだ。それで料理の提供が遅いとか、ホールが混乱しているとか、値段が高いとか、材料が古くなっているとか、それでは困る。
そういう舞台裏が透けて見えてしまっているから敬遠されているのではないか。
だいたいメニュを絞った店でも、通うようになって全メニュを制覇するなんて人はそうそういまい。「たいていレバニラ炒め定食か肉野菜炒め定食。おなかすいていれば半餃子追加。麺類は嫌いじゃないけどそういえば食べてませんね」なんて人が多いように思う。食べたことがないという理由だけで注文する人も珍しいだろうし、ましてや一度食べた料理は気が乗らないのでメニュが尽きたらもう行かないというひとはそうはいまい。

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チェーン居酒屋と言っても全国チェーンでなく、特定地方に特化して店舗数も数十店舗、しかもそれがいくつかのブランドに分かれているというのがある。よく言えば中堅チェーンか。
一つのビルにいくつも居酒屋が入っていると思いきや、すべて同じ会社の経営だったりということもある。

こうしたチェーンの一部には悪質と言っていいのか、「プチぼったくり」と言われる店もあるらしい。何人も呼び込みを雇っているのか、若い人が路上に立って飲みに来そうな人に声をかけている。
破格の値段で飲み放題だとかなんとか安いということを押し出して客を呼ぶ。店とは無線で連絡を取り、席の空き具合も把握しながらである。かなり本格的(呼び込みに本格も何もないか)である。ちょっと暇になったので店頭に出ていらっしゃいませ〜と言ってみたというレベルではない。
で、こういう呼び込みに誘われ行ってみると、一人何品の料理を頼めとかルールがあり、この料理が値段の割に少ないということになり、結局そこそこの値段になる。
まぁこれはこの文章の前半に書いたことであり、繁華街でそれなりに広い場所でゆっくりすればそれなりの値段になるのは道理で、それにはずれた安値を期待してはならん。
だが、この呼び込みはときにわかりづらい、ほぼうその説明をすることもあるし、勧誘が強引な場合もある。またこの呼び込みの人件費(出来高報酬かもしれぬが)は料金に上乗せになるのだ。妥当な値段かどうかはなかなかむつかしい。
ぼったくりとして問題になったり、口コミで客足が途絶えたりすると店名を変えて再出発するそうな。

悪質かそうでないかの区別はしにくいのである。「ぼったくりだよ」と憤慨するのは判断の誤りかもしれぬ。だが注意したほうがよいに決まっている。
だいたい美味しいお酒に料理、良いサービスで満足できる店には呼び込みしなくても客が集まってくるというものだ。

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さてチェーン居酒屋はこのまま衰退していくのか、あるいはなにか起死回生の策が出てくるのか。
繁華街の街角を見ると過当競争に見える。ちょっと閑散とした地方の駅前とかだと、チェーン居酒屋だけがあってその他がないという場所もある。適切な競争でいい店が健全に残ってほしい決して体力勝負の価格競争で相手をつぶすような競争は望ましくない。
これには消費者の正しい選択が必要なのである。
安い、飲み放題、食べ放題に騙されていないか。
個室がいいけど安くなくちゃとわがままを言っていないか。
正当なサービスが提供されていないとき冷静に問題を指摘できているか。

適度なサービスに適度なカネを払う。正しいサービスは称賛する。
これが我々に求められているのだと思う。
posted by Mozzo at 13:26| Comment(2) | TrackBack(0) | まじめな正論! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

朝鮮学校の児童生徒への補助はやっぱり北朝鮮に流れていた

やっぱりこうなる。あきれるのにも疲れた報道。
ちょっと長いが産経新聞から引用する。

引用ここから====
朝鮮学校への児童・生徒への学費補助 朝鮮総連系「教育会」が納付迫る

 神奈川県が朝鮮学校に通う児童・生徒へ直接支給している学費補助金について、在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)と関係が深いとされる「教育会」へ納付させるケースがあったことが12日、分かった。県は北朝鮮による核実験を理由に朝鮮学校への補助金支給を取りやめたが、平成26年度から児童・生徒個人へ支給する形で補助金を復活させていた。補助金制度を根底から揺るがす問題で、朝鮮学校や県の説明責任が問われそうだ。

 県によると、補助金は年に2回、各児童・生徒の保護者らの銀行などの口座に振り込む形で支払われる。

 県内の朝鮮学校に子供を通わせている保護者によると、昨年12月に26年度上期分が振り込まれた後、補助金を教育会へ納付するよう求めるプリントが児童・生徒に配布されたほか、今年2月には説明のために保護者会も開かれ、20万円弱を教育会へ納付したという。

 保護者は「(朝鮮学校の)先生や先輩から直接納付を勧める電話もあり、払わないと狭い社会の中でいづらくなる雰囲気があった。9割以上は払ったと聞いている」と話す。

 朝鮮学校は、都道府県から各種学校として認可された学校法人「朝鮮学園」が運営。神奈川県内では、「神奈川朝鮮学園」(横浜市神奈川区)が5校を運営している。

 「教育会」は、朝鮮学校の運営に関わる朝鮮総連教育局の管理の下で学校ごとに設置される組織とされ、過去には朝鮮学校への自治体補助金が朝鮮総連に流用された疑いも浮上。朝鮮総連の公式文書にも「朝鮮学校の管理運営は総連の指導の下、教育会が責任を持つ」と明記されている。

 登記簿や関係者などによると、神奈川朝鮮学園で理事長だった人物は、朝鮮総連神奈川県本部の幹部を務めたことがあるという。

 県内5校のうちの一つ、神奈川朝鮮中高級学校(同区)は教育会について、文部科学省が23年に行った聞き取り調査に対して、「(昭和40年の)学校法人認可後は日本のPTAに当たる教育支援活動を行っている」とする一方、「中には総連の役職を持っている人もいる」と回答している。

 補助金事業を担当する県私学振興課は「事実を確認していないのでコメントできない」、神奈川朝鮮学園は「責任者がいないので答えられない」としている。
引用ここまで====

なにが、「政治と子供は別」だ。北朝鮮や朝鮮総連に直結してその金は朝鮮総連の活動に使われたり北朝鮮に流れたりするのだ。子供をだしにしていたことは明らかだ。またこれまで学校に行われていた支援も北朝鮮に流れていたことが明らかだ。
日本人をはじめ外国人を拉致し、核で各国を恫喝するテロ国家に公費が原資の送金をするのである。
朝鮮総連ビルの競売問題でも不透明な方法により、ビルが朝鮮総連に戻り巨額の債務が国費で尻拭いされた。そもそもその不正な融資は様々な形で北朝鮮に流れ、外貨がのどから手の出るほどにほしい北朝鮮政府を潤しているのだ。

額の多寡は問題ではない。たとえ一人二十万円であろうともちりも積もればという。一円たりとも公費でテロ国家を利するようなことがあってはならない。
今、日本は国の方針として北朝鮮を制裁しているのである。拉致問題では対応すると言って日本の譲歩を引き出し、何の成果も出していない。こんなことが許されるのか。甘い対応が北朝鮮をつけあがらせるということが分かったのだから、さらなる制裁を行うべき状況にある。
北朝鮮に金を流している人たちは反省して対策をすべきだ。

朝鮮国籍(北朝鮮国籍というものはない)であると日本社会で差別を受けるというのも全くないとはいわない。それは日本人にある差別意識によるものもあろうが、多くは北朝鮮政府がやっていることへの反発であると私は思う。無論、個人に物理的精神的暴力を行っていいとは言わぬが、その背景は理解せねばならぬ。差別をするほうが悪い悪いだけでは解決にはならない。反発を招く原因を除かねばならないのだ。

差別があるから経済的に苦しくなる。故に援助がいるというのも理屈ではある。テロ国家に国籍があるからと言って直接拉致をしたわけでもない在日二世、三世、四世(学校に行くのはこの世代か?)が貧困にあえいでいいとはいわない。

だが、金を与えても北朝鮮に吸い取られるだけなのだ。なんにもならない。今回実証された。何かが間違っている。もっといいやり方があるはずだ。

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まず国籍と公費扶助との関係を見直さねばならぬ。

国はその国力に応じた生活を国民に保障すべきである。国民の生活なんぞどうでもいいと思っている国も多いが。
故に公費で生活を扶助する。直接的には生活保護があるし、各種公共料金の減免もある。また、今回の児童生徒のいる家庭への補助もその一環である。稼がないのにお金はかかる家族がいるわけで、そうではない家庭が払った税金でそうした家庭を支えるのは道理だ。

まず外国籍・日本在住の人に公費扶助をすべきなのか。今一度考える必要がある。
緊急避難的な支援までしてはならぬとは言わない。旅人が倒れてしまったらお金があるかないかにかかわらず病院に連れて行かねばなるまい。
ただ、それが永続的になるのはおかしい。
基本的にどこに住もうがその国の国民を守るということが正しいと思う。
つまり、生活が困難な朝鮮国籍の人は北朝鮮か韓国が責任を持つべきだ。
朝鮮籍というのは韓国と北朝鮮に分裂する前の概念であり、朝鮮籍か韓国籍しかない。ただ、韓国をルーツと思う人は韓国籍にしていることを思うと朝鮮籍は実質北朝鮮籍と考えていい。北朝鮮人への扶助は北朝鮮が行うべきだ。

無論これは原則であって、一律当てはめるのはおかしい。国ごとに事情は異なる。
たとえば英国に在住の日本人であれば英国の医療サービスが受けられるそうだ。待たされるが、医療レベルも高く価格も安いという(急ぐ人は私費で治療を受けることもあるそうだ)。
それは英国人の税で賄われている。

ならば日本も日本在住の英国人に国民健康保険への加入を認めていい。英国が英国在住の日本人に与えてくれるサービスに応じて、生活保護などを認めていいし、永住する意思があるなら年金に加入してもいい。いや、日本はこれだけ英国人を日本人と同じくサポートするので、英国も日本人に対してサポートしてくれと言えれば発展的だ。
ただ、北朝鮮が日本人に何をしてくれたのか。そもそも海外にオープンな国でもない。
その朝鮮人に公的扶助をするということを納税者は納得するのだろうか。
北朝鮮が面倒見なさいと。

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多少勢いは失われているとはいえ、日本は経済力において有力な国であるはずだ。もっと貧しい国はいくらでもある。
ところが、その我が国で現在でも生活保護を断られて餓死とか信じられない事件が起きている。景気が低調、少なくとも底辺に豊かさが届かない時代にあって、生活保護の必要性は高まるばかりである。当然予算が足りない。
だからといって、強引に生活保護を断ったり打ち切ったりして、「保護費の削減を実現しました」でいいのか。相手は生きている人間なのだ。
役所は認めないが難癖をつけて断る水際作戦なるものが行われているという。

断るプロの役所と貧困者入門の人では勝負にならない。
役所のきつい言葉に打ちひしがれてあきらめて死んでしまう人がいる。
だが、判断力があれば弁護士やそうした活動をしている団体に相談して、役所の壁を突破できた人もいる。そういう道はあるのだ。

ここまではいいのだが。

朝鮮籍の人にも貧しい人はいる。生活レベルが生活保護を必要とする人もいる。だがそうでない人もいる。
だが、バックに強力な圧力団体である朝鮮総連がついていれば事情がちがう。
トラブルを恐れる役所はすんなりと保護を認める。生活保護を必要としないひとでもすんなりと。日本人なら門前払いなのに。
ま、この辺実地で調べたわけではないがそうしたレポートは多々出ている。圧力団体であるから大手マスコミには話題が出ないのは当然である。

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朝鮮籍の人は北朝鮮が面倒見なさいと言えば政治的にだいぶもめるだろう。
これまでの前例というものがあるからそれを盾に抗議する人が必ずいる。
だが、本来何が正しいかを議論して前例を改めるのは悪いことではない。

朝鮮籍でも人権については平等なはずだという人もいよう。だが、その人権を保障するのは所属する国によって行われるべきではなかろうか。
「貧しい人はどの国の人でも助けなければいけない」という言葉は美しく響くがどう考えても成り立たない。貧乏だからと言ってどんどん入国して公費で面倒見てくれなんてことが成立するわけはない。
日本はまだ島国で飛行機や船でないと入国できないからまだしも、地続きの欧州では歩いてでもやってこられる。事実それで社会保障制度の根幹が揺らいでいる国もある。これでは社会が崩れてしまう。
だからこそ、所属する国が責任を持つという原則をもっと厳格に国際的に定着させるべきだ。

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今の日本の在日朝鮮人の置かれている状況で公的扶助を行わないというのは大変厳しいことになるという主張もあろう。いくら北朝鮮が面倒を見るべきだと言っても北朝鮮は応じないだろう。日本からカネを吸い上げたいのにその逆では。
そのまま放置では大変だというのもわかる。

だが方法はいくつもある。
まずは日本で暮らせないなら北朝鮮にお引き取り願うことである。
最初、つまり在日一世は直前まで日本国籍であったわけで、国籍を戻しても在留資格があるというのは道理である。だが、二世三世となれば事情は違う。国籍が違っても在留資格があるというのはあまりに不自然だ。未来永劫この宙ぶらりんな立場にいるつもりか。
日本国籍がどうしても嫌なら北朝鮮に帰ればいいし、日本になじんでいるからというなら「朝鮮系日本人」として日本国籍を得て定着を図るべきだ。どちらかを選べばいい。民族アイデンティティを失いたくないなら北朝鮮とはつながっていない、純粋な民族団体を立ち上げるべきだ。
だいたい、在日一世という存在が生まれたとき北朝鮮なんて国はなかった。
在日朝鮮人は朝鮮民族であっても北朝鮮民族ではない。北朝鮮と縁を切っても民族アイデンティティを持つことは可能だ。
北朝鮮に好意を持つ一部の朝鮮人に引きずられて献金させられている現状をどう思うのか。

仮に公費扶助やむなしという結論に至ってもやり方はある。
現金支給をやめることだ。
もらう側としては現金が一番やりやすいし、配る側も面倒がない。
だがこれではいかん。
極力現物支給、クーポン支給にすることだ。北朝鮮に送っても意味がないものにするのだ。
現物支給やクーポン支給で現金に余裕ができただろうと献金を迫られることは確実だ(まるでやくざチンピラの論理だ)。クーポンを買わせればいい。
二万円分の買い物ができるクーポンを無料で支給する代わりに四万円分の買い物ができるクーポンを二万円で買わせるのだ。電話代もクーポン、電気代もクーポン、スーパーの買い物もクーポン。そうなれば現金はいらない。

これは朝鮮国籍の人を朝鮮総連から引き離すことにつながる。そもそも朝鮮総連は合法な団体とみなせるだろうか。テロのお先棒を担ぎ国費をだまし取るような団体と朝鮮国籍の人を分離することは決しておかしくない。
こうした経済的な締め上げと、日本人と融和しつつ民族アイデンティティを維持できる場を日本主導で作ってもいい。金一族を崇めて日本に対する反発を自己増殖させることを強制され狭い世界で生きていくのが在日朝鮮人の幸せなのか。自身も考えてみてはと思うが在日朝鮮人が読んでいるわけはないか。
posted by Mozzo at 12:06| Comment(0) | TrackBack(0) | まじめな正論! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

物を売り正しい商品を広める方法はきっとまだある

たまには微笑ましいニュースを引用。

引用ここから====
スタバ鳥取店、初日売り上げ日本一
2015年05月26日 09時00分

 コーヒーチェーン大手「スターバックスコーヒー(スタバ)」の鳥取県内1号店として23日にオープンした「シャミネ鳥取店」(鳥取市東品治町)が、初日の売り上げとしては、国内店舗で最高額だったことが分かった。

 一方、昨年4月に県内の飲食店グループがオープンした「すなば珈琲コーヒー」の店舗でも同日、通常の5倍の約700人が来店し、関係者の狙い通り“相乗効果”をもたらしたようだ。

 「シャミネ鳥取店」は23日午前7時の開店時に約1000人が列を作り、午後11時の閉店まで列はとぎれなかった。スターバックスコーヒージャパンは具体的な売り上げ額を公表していないが、過去最高だった2013年3月にオープンした「シャミネ松江店」(松江市)を上回ったという。担当者は「大きな話題になり、予想を超える盛り上がりになった。一過性でなく、長く愛される店舗にしなければ」と意気込む。

 一方、対抗して「大ピンチキャンペーン」を実施している「すなば珈琲鳥取駅前店」(鳥取市永楽温泉町)でも23日は、入店待ちの行列が続き、売り上げも通常の約5倍に。「スタバのレシート持参でコーヒー半額」となるキャンペーンは約50人が利用したという。

 担当者は「予想通り」と笑顔を見せ、「これからもスタバと共存しながら、さらに売り上げを伸ばしていきたい」と話していた。(末善悠太、安恒勇気)
2015年05月26日 09時00分 Copyright コピーライトマーク The Yomiuri Shimbun
引用ここまで====

スターバックス開店が盛り上がった雰囲気もいいが、この「すなば」がいい。気が利いているというかなんというか。そもそもスタバありきで「地元にはスタバがないから」とすなばができたそうだ。シャレで店名をつけたのですな。
スターバックスは日本中世界中にあるがすなばはここにしかない。新しい観光拠点が生まれたのであるならめでたい。

このニュース、「日本で唯一スターバックスのない県」が消滅したということでもあるらしい。日本で唯一ナントカがないということについて、鳥取と島根が妙な競争になっているようでもある。なにか一周回って「うちにはナントカがないんだからね」という自慢(?)になっているような気がする。バーガーキングがないとかそういう自慢。

鳥取県と島根県は人口が少なく知名度的にもマイナーであると言われれば反論はできない。鳥取県は日本で一番人口が少ないそうで、なんでも東京世田谷区より人口が少ないそうだ。島根県も負けていなくてやっぱり世田谷区より人口が少ない。
鳥と島の字が見た目に似ているせいか、どちらも日本海に面して東西に長い地形だからか、混同することが多い。県の地形をシルエットにしてどちらが島根か鳥取かと言われるとたいていの人は困る。PUMAの形に似ているというのは笑った。

ま、そういう状況ではあるのだが、有名なスターバックスの力を借りているとはいえ、経済的に規模の小さな場所であっても商売は動くということだ。スターバックスに行列ができただけではありがちなニュースだが、ここですなばが動いたというのがいい。
こうやって商売は生まれていくのだ。
いいニュースだった。

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人口が少ないとはいえ、鳥取で比較的栄えている場所であるから商売が立ち上がるのは当然と言えば当然である。アイデアはいるがベースはあるのだ。
しかし、全く何もない火のないところに煙を立てるくらいのことだって可能なのである。
閑散としたローカル線に猫の駅長を推して人気になったこともありましたなぁ。
鉄道会社の立場では残念ながら客は自動車に乗って移動したともいわれるが経済効果はあったはずだ。
小さな商店の店頭で飼われていたもさっとした犬が大人気になったことも。
まぁこれを「火のないところ」と言っていいのか。ローカル線も商店も「客を呼ぶ(あんまりうまくいってないが)」のが目的という場所であるから工夫をすればうまくいく例もある。全く人通りすらない場所でもない。

だがそもそも客を呼ぶ前提でない場所も名所になりうる。

なんとダムの放水がかなりの観光資源らしいのである。
ダムは治水利水などさまざまな目的があるのだが、下流で水を必要としていなくとも水がたまりすぎれば放水する。台風だ雪解け水だと場所により放水が頻繁に必要な時期は違うわけで、そのシーズン前に設備が問題ないか試験放水するらしい。
試験なのだからそもそもは施設運営側の内々の工程である。別に人に見せるためにやっているわけではない。ところがこれを公開すると大人気で、宣伝するわけでもないのに同好の士が千人二千人と集まるらしい。
私に言わせると山奥に車で行って、現場まで歩いて、水がどーっと出て、それ見てから帰るなんてまっぴらごめんなんであるが好きな人にはたまらないらしい。車、山奥、歩く、水が出るが全部嫌なんだが。
しかも大量の水を抱えてコンクリートが踏ん張っていると思うと、ことに下流にいると怖くなる。だが、この巨大さ圧迫感がお好きな人にはたまらないということか。

宣伝しなくてこれだから、宣伝して何らかの演出(古くからのファンを離さないようなね)をすればもっと人が来るだろう。
一日に千人集めるイベントといえばそうは巨大でもないが、さりとてそう簡単にできることでもない。

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突然であるが、私はラジオ派でテレビを見るのは外泊したときくらいである。拙宅にはテレビがない。で、ラジオというのは地域密着というかリスナー密着というか、そういう企画をやることが多いような気がする。
私のよく聞く番組では決して全国レベルで有名ではない企業・商店とコラボして番組企画の商品を期間限定で作り売り出してみたりする。
番組パーソナリティもそれほど有名人とは言えない人。企業・商店も有名じゃない。でコラボしてみるとなかなかの売り上げを記録するんである。

もちろんそんな企画で値段重視の安物を作るはずもなく、食べ物なら材料にこだわったとかそもそも値段の張る商品。普通なら買わないけれど番組の企画ならと財布の紐が緩む人もいよう。番組名の名前が入ったパッケージが残るだけでもうれしい。これがどんと動くのだから決して軽視できない。
先日もふりかけでキャンペインをやっていたが、売り上げ個数は千、二千というレベルではないようだ。複数の販売店で売り切れ続出、追加を納品するために社員が駆け回っているというからすごい。仮に五百円の商品が千個売れれば五十万円。巨額とは言えないが、少額の商いに汲々としている企業にとっては大きい。
無論長続きするかどうかはわからないが需給を見通せれば悪い商売ではなく、消費を刺激したと言えよう。
また、番組側が正しい材料を使い、正しい生産をした国産品を応援してくれるなら何重にもいい効果がある。
通常なら粗悪で安価な輸入物に流れる消費をあるべき姿にただせるのである。
通常粗悪品で満足していた人が高品質の商品の実力に気付けば、その後の消費も変わるだろう。海苔とかお茶とか漬物とか。そんな普通の食品ですら本物を味わうと目が覚めるというものは多々ある。
こうしたコラボ商品ではないが、私の経験では本物の梅干、沢庵、なめ茸、味噌、醤油、海苔に出会ってしまったからもう元には戻れない。きっとまだ出会っていないものがある。

商売がうまくいかない理由はいくつもあろう。
円安でコストが上がったとか人件費や地代が高いとか。だから輸入品に勝てないというのは一理あるのかもしれない。
だが、まっとうなものを作っている限り理解し評価する人はいると思うのである。とはいえいいものを作ったと腕組みして待っていても売れない。知恵を使ってその機会を作るべきではなかろうか。生き残るのはそういう企業だ。
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