2015年06月29日

洗濯機閉じ込め事故で考える モノづくりのレベル低下があるのか

またも痛ましい事故が起きた。
7歳の男児が横置き型の洗濯機の中に入り込み閉じ込められ亡くなったというものだ。
本人も苦しかったろうが、自宅の中で息子を死なせてしまった親御さんは悔やみ自らを責めているのではなかろうか。心中を思うとまことにやりきれない。

洗濯機の蓋は内側からは開かないのだそうだ。把手を引かないとロックが外れないのであろう。知らなかった。
無論、大人が入って確認することはできないから、まさか開かないとは思うまい。

いったいどうすればよかったのだろうか。

親が気を付ければいいというのは机上の空論で実効性がない。
子供は思わぬことをする天才である。親がやるなと言ったことは隠れて必ずやる。
ましてや物は洗濯機である。押すと動き、その動きがさまざまである。子供の興味を引くのは明らかで、私自身洗濯機(二槽式だったが)が動いているところはずっと眺めていられたものだ。脱水機にいろんなものを入れて回したりしたものだ。なにかやらないわけがない。
おそらく取扱説明書には「中に入るな」くらいのことは書いてあろうが、これもまた実効性がない。


子供に(外から)開けられないようにする、子供が入れないようにする、入ったら強制的に出されるようにするのいずれかであろう。子供に開けられないものは不器用な大人も開けられないだろうし、子供が入れないなら大きな洗濯物も入らないし、強制的に出す仕組みは作れてもそれで怪我をしそうだから技術的にむつかしいのはよくわかる。
内側から蓋が開くようにするというのはダメだ。安直だ。すぐには出ようとしないだろうし、そのうち酸欠になって開くことができなくなる。気付いた時には遅いのだ。
入ったら蓋が閉まらないというのもダメだ。思慮が足りぬ。内部が酸欠になることはなかろうが、窮屈な姿勢をとっているうちに呼吸困難になるのである。

難しいのはわかるが、完全ではなくともできることはあるのではなかろうか。
親しか知らないパスワードでしか蓋が開かないとか鍵を使うとか。それこそパスワードを教えろ鍵を使わせろとうるさいことだろうが。子供が入ったことを検知して大音量のサイレンが鳴るとか親の携帯に通知するなどどうか。子供が入ったら検知してバラバラに壊れるでもいい。もとに戻すのにエライ出費になり、とんでもなく怒られるかもしれぬが死ぬよりいい。

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最近は「ユースケースに基づいた設計」ということが行われる。
従来は機能を一つずつ挙げて設計していた。
洗濯機なら「洗い機能があって、すすぎ機能があって、脱水機能があって」と挙げていくのである。そして、「洗い機能はタイマーが15分まで、洗い方は強と弱の二段階、洗い方強はパルセータを5秒回し1秒停止5秒逆転。。。。」と細部をどんどん詰めていくのである。
昔の二槽式の洗濯機ならこれでよかったが、現在の洗濯機のようにマイコン制御となり複雑だと機能の抜けや矛盾が避けられない。たとえば洗い時間を設定すると予約時間の設定に戻れないから最初からやり直しなんてことが起こる。機能と機能は何らかの形でつながっているから組み合わせで考えねばならんのだ。従来の方法では無理がある。

そこでユースケースが登場する。ユースケースは使用するときにどのような場面があるかというような意味だ。こういう使い方をするよね、こういうこともあるよねと利用場面を決めて、どのように操作し動くのかを決めていくのである。
どのような利用場面があるのか洗い出すのがポイントだ。たとえば、「タイマー予約をしたが予約はそのままで洗濯コースを変えたい」あるよねとか、「すすぎ中にすすぎが足りないようだからすすぎ時間を延ばしたい」あるよねと考えるのである。考えた結果すすぎ時間が変更できないのはいかんとかわかるわけである。

当然異常事態も想定せねばならない。気温が高すぎたとか、低すぎたとか、断水したとか、蓋が開きっぱなしだとか。
その中に「子供が入って閉じ込められたら」がなかったのだろうか。考えたけど妙案がなく、「取扱説明書にダメって書いておけばいい」という結論になったのだろうか。

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私は間接的に設計・製造の現場を知っている。というと偉そうだが要するにそういう知り合いがいるだけなのだが。
その人は現場がどうもおかしいという。コストカットコストカットで現場に余裕がないという。まぁこのご時世仕方がないという部分はあろう。だが、そのせいで現場の視野が狭まっているとしたらとんでもないことだ。設計品質が下がっているのならそれはコストカットではない。スペックダウンだ。

まず言われた仕事をこなすのもぎりぎりでとても全体を見直す余力はないというのだ。先に述べたユースケースを考える担当はいるのだが、当然人間がやることで抜けや間違いがある。そのユースケースに基づいて設計をする人が誤りに気づかなければならないのだが、そんなことを考えている余裕はないというのだ。
また、仮に誤りに気づいても自分の担当外のことには口を出さないのが処世術という風潮があるという。いくら正しい指摘をしても自分の仕事を増やして恨まれるだけだと。同じ製品を作る仲間じゃないのか。

また、この知人自身にも問題はあって、担当している分野についてはさすがに深い知識があるのだが、それ以外のことについて基礎知識がない。
たとえば先にユースケースの話で「内部が酸欠になることはなかろうが、窮屈な姿勢をとっているうちに呼吸困難になる」と書いた。これは本当のことである。しかし、洗濯機をつくる技術者にとって人体の仕組みは分野外といえばそうだ。しかし、そういう問題があるかも、くらいの知識がなければここにたどり着かない。
それどころかもっと基礎的なことも知らない。たとえば洗濯機を作っているとすれば洗濯機は誰がいつ使うのか、平均的なユーザー像がわかっていなければだめだ。共働き夫婦が、とか商品コンセプトに書いてあったことくらいはわかっているのだが、共働き夫婦が洗濯機を使うに当たって何がどう困るのかなど具体的な想像ができない。
夜遅く帰ってきてアパート住まいでは洗濯機が回せない。なら静かならいいのか。違う。すぐ寝たいのである。待っていられるか。ならタイマーが使えたらいいのか。違う。予定通り帰れるかわからない。帰ってから干す元気もないくらい疲れているかもしれないし、急に飲み会が入るかもしれない。外からタイマー予約を変えられないか、朝起きたと同時に洗濯が終わっているような静かで正確なタイマー予約はないか。と生活に即して考えるシミュレーション能力が問われるのだが、生活体験が薄いとこれができない。洗濯機だろうがスマホだろうが戦闘機だろうが、使う人がそういう人でどんな場面で使うのか想定する知識が必要なのである。
旅客機のコクピットにはドリンクホルダーがいるのだし、戦闘機のコクピットには愛する人の写真あるいは懐かしの故郷の写真を貼るスペースがいるのだよ。

無論、いくら配慮しようとも100%の安全はない。100%安全なものは1%も役に立たない。
故に製造物責任法(PL法)に規定されている通り、完全に安全な製品を作らずともきちんと表示してあることで製造者の責任を果たしているとされる。
この法律が規定したことは決して間違っていないのだが、「表示してあればOK」という安直な方向に現場を導いているのではないか。

これらのことから「できるだけのことを考え気配りする」というかつての日本製品の強みだったことが弱まっているのではないかと危惧するのである。
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近代の歴史も保存してもらいたいものなのだ

いいニュースと言えばそうなんだが、という報道。
この文章を寝かせておいたら旧聞になってしまった。

引用ここから====
YS11、再び空へ…整備に3千万・使い道未定
2015年05月27日 19時41分

 国土交通省が昨年12月に売却処分した国産旅客機「YS11型機」が、売却先の航空部品販売会社「エアロラボ インターナショナル」(大阪府八尾市)の整備を終えて復活し、27日午後、羽田空港から高松空港へ向けて飛び立った。

 YS11型機は戦後初の国産旅客機で、今回飛行したのは、国交省が所有していた6機のうち最後の1機。1968年製造で、引退後の2009年から売りに出されたが買い手がつかず、一時はスクラップ処分も検討されていた。

 同社は223万円で落札したが、飛ばせるようになるまで3000万円近い整備費がかかったといい、同社の担当者は「フライトが成功してほっとしています」と喜んだ。当面、高松空港で保管する予定だが、今後の使い道は未定という。
2015年05月27日 19時41分 Copyright コピーライトマーク The Yomiuri Shimbun
引用ここまで====

この読売記事にある「エアロラボ インターナショナル」には敬意を表したい。日本の歴史を後世に残したのだ。

美談である。美談であるが、これを国がしないのかという疑問が残る。民間で意思のある企業がいるとは限らない。気持ちがあってもそのときの経済がおいつかないことだってあるだろう。「エアロラボ インターナショナル」には本当に感謝だ。もう一回書いておこう「エアロラボ インターナショナル」。大事なことなので2回言いました。

大げさないい方になるかもしれないが文化遺産が残るか残らないか、民間企業にゆだねていいのか。そこが気になる。これ国の仕事じゃないのか。
遺産というものは一度失われたら二度と戻らないのである。余裕ができたらやりましょうでは遅いのだ。レプリカが作れれば少しは意味があるが本物が残るという意味に比べたらほんのわずかな意味しかない。

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これは動態保存ということになる。機械が機械としての機能・性能を果たす状態で保存することだ。大変に意義がある。
静態保存ならされていないことはない。エンジンを外したり、機首だけだったりという展示があるだろう。それならYS11でもすでに例がある。
物によっては写真など記録だけ取って実物は廃棄というケースもある。それでも貴重な資料となろうが。
だがそれだけでいいのだろうか。

静態保存だけでも形はわかる。ビデオがあればどのように動いたのか限定的にわかる。だが、現在の視点でどのような性能があったのか。過去の視点では記録されていないかもしれない。
たとえばCO2排出量なんてものは気にし始めたのは最近のことである。PM2.5とか。燃料消費量から推測できるものもあるが無理なものもある。
動態保存されていれば実測することができる。

とはいえ無論予算は限られている。民間のお金も含めて限界がある。すべての物を動態保存はできない。取捨選択は必要なものであるのだがしかし。未来にいくら悔いても取り戻せないのである。
優先順位は否定しないのだが。

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翻って鉄道の分野を見てみると、完璧とは言わないがだいぶ保存という方向は定着しているように見える。
少なくとも静態保存は浸透している。
鉄道会社と関係ない個人や団体に売却、寄贈されて展示されている車両は数多い。
WIN350・STAR21・300Xといわれてなんのこっちゃと思う人もいようがこれはJR東日本・東海・西日本が製作した新幹線の研究用車両である。これも保存されている。試作機すら保存されている。
また、公開されていないが私鉄大手の整備工場の片隅に残る古い車両も数多い。
これらは定期的に動かすわけではないから動態保存とは言えまいが、整備すれば動くだろう。緩く見ればいわゆるモスボールである。

動態保存と言えばSLである。今でも観光用として走っているものがある。まぁ正直近所だったら迷惑だけどね。煙いから。
また高性能車両(加速がいいとか)でないと生き残れない都会と異なり、地方ののんびりした鉄道には思いのほか古い車両がまさに動態保存されていることがある。もとは都会で活躍した車両であるが、まだ走れるのに性能的に追いつかないということで地方にやってきた。大事にしていただきたい。

このくらいは航空の分野でもできないか。
静態保存はそれなりにある。ガワだけでどう考えてもモスボールとは言えないが。
ただ小さくて保存しやすくわかりやすい軍用の戦闘機が中心で、輸送機とかヘリコプターとか地味でも重要なものが保存されていないのが気に入らない。

飛行機というものは落ちたらえらいことになるというハードルがあるのだとは思う。
鉄道は壊れたら止まるだけだ。飛行機は壊れたら落ちる。
飛ばすとなると法律的な制限が大きいからハードルが高いというのはわかる。だが、MRJの試験も最初は地上の滑走からだ。時速10kmからスタートするとか。エンジン回して地上で動ける程度に動態保存することも考えていい。

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では優先度。
YS11は特別な意味がある。残すというなら優先順位は高い。

終戦まで日本はある意味航空機製造の先進国であった。軍用機に偏り過ぎではあるが民間航空機なんてのは限られていた時代だ。
零戦なんてのは詳しくない人でも聞いたことがある名前である。これ以外にも高性能とされる航空機はあるし、終戦に間に合わなかった画期的な試作機もある。

日本を「異常な軍事国家、それを支持する野蛮な民族」とみなした(というプロパガンダといってもいい)当時の連合国は日本の牙を抜くという意味で軍と軍事関係産業の解体を図った。まぁ仕方あるまい。当時の軍に引きずられてしまった日本と日本人のありようを見誤っていたとはおもうのだが(みんなが軍事万歳ではないのよ)、遠くから見ればそう見えても仕方はあるまい。
その後の日本の歴史を見ればそれは誤解とわかるのだが。脱線するが、だからこそ米国も今や日本の軍備増強・集団的自衛権に賛成なのである。

で、日本の航空機が絶滅したかと言えばそうでもなく、息を吹き返したのがこのYS1である。
息を吹き返したというのは語弊があるかもしれない。飛行機作りに向ける熱意とかそうした精神的なものは引き継いでいるかもしれないが、技術的には隔絶したものもあるという見方がある。つまり、優れていたとはいえ職人技的なアプローチの戦前戦中の技術に比べて体系的な現代の技術は別物ということである。

そういう見方はあるにせよ、戦後本格的に飛行機生産への道筋をつけた画期的なできごとであるのは間違いない。

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戦中の飛行機生産も技術力に優れていたという。
少なくとも緒戦では米国の飛行機と対等に戦った、ある一面ある時期では圧倒したといっていい。「ゼロファイター(いわゆる零戦)と交戦してはダメだ(自殺行為だ)」とされたこともあるのだ。だが米国の物量と体系的アプローチが最終的に圧倒的に勝った。これをまさに地力というのだろう。
相手(日本)の弱点を研究し、自国の飛行機を改良し、それを短期に大量生産する米国が最終的に勝った。部分的には優れていても、職人的アプローチで物量にも劣り、なにより科学性のない軍部の意見が通る日本が勝てるはずがなかったのである。

たとえば飛行機組み立てで、部品同士のサイズが規定通りの公差の範囲で収まっているのが現代の常識である。だが、当時は職人技の世界であるから「誰それさんの作った部品と誰それさんの作った部品は相性が悪い」なんてこともあった。また、相性が悪くともちょちょいと調整して組み立ててしまうのも職人の技術である。
職人芸はある部分では優れており、理屈で設計したものではなしえない性能や美しさを生み出すこともあるのだが、押しなべて大量生産には向かない。(一定の技量さえあれば)誰がやっても同じというのが工業製品だ。
無論日本でも設計段階に勘だけで図面を引いていたわけではない。機械工学を学んだ人が設計していたはずであるが(そうでなければさすがに飛行機は飛ばない)、そのあとの品質管理・生産管理に問題があったようなのだ。

日本の工業界が体系的な考えを取り入れたのは、朝鮮戦争に伴う米軍からの武器の修理などを受注したところからとも言われている。
一度その概念を受け入れてしまえば日本人の工夫する気持ちが高まる。現代においては精度を追求することについては日本企業は第一線にあると言ってもよかろう。

はてさて、YS11の時代にはその品質管理はどの程度の物だったのか。
資料映像によれば工具によるばらつきを排除するために使える工具(たとえばノギスなど)を複数組用意し、日によって使い分けることまでしている。通常、物差しだノギスだというものを疑うことはない。だが誤差は必ずある。日をまたいで生産したものに許容できない誤差があれば工具を疑うことができる仕組みだ。
この仕組みによりどれだけの精度が実現できたのか。これを検証するにも動態保存した機体が必要である。静態保存したものではその加工により物がひずんでいるからである。
動態保存とて後世に手が入ったものではあるが、動態を維持しているということは維持できる整備体系に基づいているわけで、どのような精度を維持できているかと無関係ではない。

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YS11は戦後最初ということで必ずしも成功とは言えなかったようだ。

技術的に言うと少なくとも生産初期は操縦性が悪かったと言われる。
まぁその原因とかそれがどの程度だったのかとか、私は技術者でもパイロットでもないしどうこう言えるものではない。しかしそれは後期の製品で解消されたという評価もある。
一方で頑丈であったことについては最初から素晴らしかったらしい。
疲労試験というものがある。機体に水圧をかけては緩めという試験装置で何万回も負荷を与えることで離着陸の模擬をして頑丈さを試験するという。一度の負荷に耐えても何度も繰り返すと部材が疲労して壊れるからだ。なんとか折り曲げることができる程度の金属の棒や板があったとして、一度で到底引きちぎることなどできないとしよう。何度も繰り返し折っては伸ばしということをするとそのうち破断する。(極端なケースだが)それが金属疲労だ。
で、YS11はこの試験で優秀な成績を修めたどころか規定回数を大幅に超えた試験(いわゆるいい意味のいじめですな)で試験装置のほうが先に壊れたそうだ。現代では適度に丈夫であること、つまり経済性を考えて過度な丈夫さはいらんという設計をするそうであるが、当時はとにかく丈夫にと設計したのだろう。
その他、設計者が軍事出身が多く、民間機に必要な快適性とか整備性とか経済性に考慮が足りなかったという批判もある。飛行性能から室内設備まで種々の問題はあったようだがそれも徐々に改善されだんだんと「いい飛行機」になっていったという。
。。。という話だそうである、としか私には書けない。まぁ個人がこれを実証する能力があるわけじゃなし。ましてや「操縦性がわるいねぇ」なんて評価できるわけでなく。
それを実証するには動態保存の現物が必要なのだ。

一方でビジネス的には成功とは言えなかったようだ。航空産業を立ち上げ有力な輸出品に育てようという狙いがあったそうだがこれは今も成功していない(MRJとホンダジェットがんばれ)。
失敗の理由はいくつかあるようだ。
官主導で企業が寄り合い所帯だったことが迷走を招いた面もあるようだ。
ことに後期になると天下りの職員が増えたことも問題だったようだ。こういう連中は仕事をしないだけではなく、正当なビジネス上の駆け引き(値下げとか)というものを阻害する。企業としてもそういう口利きをしてくれることを期待して受け入れるわけで全体としては害としかいいようのない存在だ。

官主導で営業ルートも経験もないことも問題だったようだ。
これから産業を立ち上げようというのだから既存の営業ルートがないのはしかたないのだが、当時の日本とて商社というものがあったし海外には先行する国・企業があったのである。国内からビジネス視点で発言できる人材を入れ、海外の企業の戦略を分析することはできたはずだが。
故にYS11は買いたたかれた。後発メーカーということもあっただろうが、機体自体は評価されオーダーが活発だったことを考えれば売り方がまずかったようだ。
また、売るだけ売ってサポート体制がないこともさらに問題だったようだ。サポート体制がなければ売れないし、売った時に買いたたかれるし、その後のコストもかかる。交換部品がすぐに調達できないようなメーカーの飛行機を買うのはどうかと誰もが考えることだ。またそこに付け込んで値引きやメーカー負担のサービスを要求するのは交渉の基本だ。
頑丈であることなど決して人気のない機体ではなくオーダーは活発だったという。だが、それを利益に結び付けることができず売れているのに生産中止ということになったという。

今回この文章を書くにあたってちょいと調べてみたのだが、当時の関係者の方向性というものがいくぶん技術によりすぎというか、最終的にこれはビジネスだということがわかっているはずなのにと思わなくはないのである。
技術がすべて。商売は二の次という姿勢は凋落破滅した国鉄の姿にも重なる。国鉄はひどかった。
国鉄はJRとして復活するが、日本の航空機産業はMRJとホンダジェットで復活するのであろうか。

とはいえ、YS11以降日本の航空産業が死んだわけではない。
コストが重視される民間航空機の自主開発は低調だったが、性能重視で政治にも左右される軍用機は綿々とつながっている。
民間航空機はボーイングのB-777、787のように機体部材の一部に参画する程度であったが、軍用方面では輸送機や哨戒機など国内設計のものがあるし、F-4,F-15など米国設計の航空機をライセンス生産することもあった。また、F-2のように米国設計の機体(F-16)を日本設計で大改造するということもしている。

それにしても日本の戦闘機も米国の戦闘機もFで始まるし練習機はTで始まる。混乱するねえ。米国のF-5を練習機にしたのがT-38(数字違い過ぎねえか?)、日本の練習機T-2をベースに戦闘機にしたのがF-1。米国の戦闘機F-16をベースに改造したのが日本の戦闘機F-2。米国の戦闘機は日本でも採用していてF-4、F-15がある。F-15が先でF-2がそのあと。日本独自の練習機にT-4。数字がぐっちゃぐっちゃで訳が分からぬ。
ま、マニアには何ともなかろうが。

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ホンダジェットが生まれ三菱のMRJが生まれ、民間航空機の動きも出てきた。
これが軌道に乗って日本の航空機産業も発展してほしいものだと思うのである。

無論日本の企業に頑張ってほしいという素朴な思いもあるが、日本ということを横においても発展を期待したいのである。
飛行機は今や高度な巨大システムであって、設計製作には膨大な資本を必要とする。戦前戦中には数多くの航空機メーカーがあったが、戦後は徐々に淘汰されたり統合されたりで数を減らしている。
さらに競争を避けてすみわけが進んでいる。大型旅客機を作る会社と小型旅客機を作る会社。民間機を作る会社と軍用機を作る会社。両方作って競争するのが健全なのだがすみ分けて最大利益を狙っている。これは高コスト体制を作り出し、航空会社、軍の負担になり最終的に利用者なり納税者なりの不利益になる。
そこに新しい会社が割り込んで健全な競争を作り出してほしいのである。

YS11のときも競合するクラスの飛行機を作っていた他国の会社が妨害に来たそうである。独自開発をやめてこっちの飛行機を買えとか、共同開発にしようとか。こうした横槍を一蹴しYS11は開発されたという。

この意気を現代にも。

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既存の航空機製造の会社がすみわけを進めるということは、経済的に儲かる道は固定化されているのだろう。儲けることができる会社だけで最大利益を絞り出す体制になっているということだ。
そこに割り込んでいくのは簡単なことではない。
ホンダにしても三菱にしても大きな本業があるわけで、リスクをとる必要はないと言えばその通りだ。だが、あえて挑戦する熱意は合理的なビジネス判断の外だ。そこをあえて進むということを評価したい。一般消費者として彼らのプラスになることは協力したいものだ。
とはいえ、私は車の免許を返上したので車もバイクも買えないが。。。。

それが回りまわって自分の利益になるかといえばなかなか説明はむつかしい。
国際分業ってものがあるわけで航空機は米国仏国カナダあたりに任せておけばいいんじゃないという考え方も一理ある。
だが仮に産業として国家を支えるほどに育たずとも象徴的な存在になりうる。技術者として憧れる存在であり、世界を股にかけたビッグビジネス。なんとかこういう仕事をしたいものだと思わせるだけで未来のためになると思う。

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だいぶ話が脱線したのでもとに戻す。
歴史的であるその他の物、例えば博物館・美術館に収蔵されているもので、毎日お客さんがバンバン来て儲けを出しているものなんてごく一部だ。特別展などやれば長蛇の列にもなるが、そんなスターはごく一部だ。
それでも国をはじめ公的機関や企業がそうしたものを保存し保護するのはなぜか。
経済原理から考えれば全部売ったほうがいいのか。単なるノスタルジーなのか。単なる資料なのか。

そうではなくて、これは次世代の最先端の人を作るための起爆剤なのである。
古典から前衛まで、書籍音楽から工業製品まで残すべきは残すのが未来のためである。ビートルズなんて不良の音楽と言われたものだが今や文化遺産でしょうに。
だから「エアロラボ インターナショナル」が今回その役割を果たしてくれたのは美談であるが、そうでないとき本当に打ち捨てていいのか、判断をするプロセスが必要だと思うのである。

米国では大統領が重要な法案や条約に署名するとき、一文字ずつ書くという。その一文字をすべて別のペンで書く。そうやって「ナントカ条約に署名したペン」というものを何本か作るわけである。姑息と言えば姑息かもしれぬが、歴史を大事にし「残そうと思わねば残らない」という思いがあるのだろう。
アメリカは建国からの歴史が短いし、序盤はもともとのネイティブとの争いや州ごとの争い、元宗主国との争いでドタバタしたというのが正直なところ。無礼な言い方にはなるのだがそれゆえ歴史的な文物が失われたケースもあろうし、残そうと思わねば残らない。
私はこれがいいことだと思う。

翻って日本は歴史も長く、明治維新と大戦中戦後の混乱を除けば、昔の文化を否定するような破壊もそれほど起こっていない。神仏習合から神仏分離とか廃仏毀釈なんてことがおきたのはごく一部の時期だ。それゆえ歴史が残らないということに少し鈍感なのではないかと思うくらいだ。
歴史があるからと言って近代史・現代史に価値がないわけじゃない。
残すべきは残そうじゃないかと思うのである。
ごく現代の話、この20年でなくなったものだって多々ある。
プルタブの缶飲料、テレフォンカード、ポケットベルなんてのは意外なところか。ビデオカセットやらレーザーディスク(LDの対抗馬でシークが得意と言っていたあのディスクはなんだっけ)、MDなんてのは電気製品ゆえに話題に上がるが「あああったね」と今は思う程度。あと10年たてばどうなることやら。
でっかい肩掛け式の携帯電話とか、それが今の主流の製品に受け継がれているものであればまだ民間企業で保存がされている(それを民間企業に期待してはいかんとおもうが)。だが、そうでなく廃れたものもありそれも歴史だ。
そうして廃れたものの例を挙げるのは難しいんだがたとえばワタシに電話してくださいのスタイリーとか、漫画雑誌の裏表紙に「貧弱だった私がムキムキに」のブルワーカーとか。今更復活してほしいのではないが、資料としては残っていてほしい。動態保存で。
「それが歴史?」と思うかもしれない。だが、10年20年先の視点から見れば歴史なのである。私が子供のころ普通に街角にあったものが今はない。そこまでは単なるノスタルジーなんだが、それは何だと問うて答えがないのであればそれは歴史の喪失である。まだ当時の人が生きている(私だ)ならまだ記憶で残っている。世代的に死に絶えてしまえば消えてなくなる。それが惜しい。

すべてを公で面倒見ろとは言わない。優先順位がある。
だが尊重すべきは公も責任を持ってほしいのである。
なくなってから悔やんでも元には戻せないのである。取っておいても何の意味もなかったと悔やむこともあろうがそれがもっと未来に生きるかもしれない。とにかく保存する方向で。とおもうのだ。
posted by Mozzo at 00:35| Comment(0) | TrackBack(0) | まじめな正論! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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