2015年07月06日

ギリシャのふり見てわがふり直す

ギリシャが自殺路線に舵を切った。
財政再建、緊縮路線にNOを突き付けたわけだ。
今まで通り公務員に給料出せ、年金を出せ(他国に比べ大変な高水準)と願うのは勝手だが、それは誰が?という問題だ。ドイツは豊かなんだから金出せよと思っているのであれば悪辣だ。誰が出すかわからんが私に金くれと言っているなら愚劣だ。

パブロプロス大統領は「EUは分裂を避けて妥協を」と耳に気持ちのいいことをいうが要するにギリシャに金を出せと言っているのである。ギリシャわがまま小僧戦略のチプラス首相はこの結果に意気揚々。鬼の首を取ったがごとくであるが、だれがギリシャを救うのか考えているのか。私がドイツ人ならギリシャをEUから追放しろよと真っ先に言う。
EUとして経済や国境が融合しても国が独立している以上まずは自立だ。年金も給与も国力に応じたものであるべきなのは論を待たない。
その最低限の理屈を無視してNOに投票したギリシャ国民というのはまともな判断力があるのか。ここまで露骨なポピュリズムが国を覆っているのか。おそろしい。
緊縮財政にYESを投じたギリシャ人がまた多いことは一縷の望みではある。

我が国に給与カット、年金カットを言うEUは傲慢だ!と言ってしまえば耳に心地よいのだろう。ではどうすれば?という理性はぽろりと抜け落ちている。
愚かではあるのだが、我々日本人として遠い国の出来事とみていていいのか。
日本にも似たようなことがあるのではないか。

政治において正解は一つではない。
ギリシャを例にとれば徹底した緊縮策で経費を減らして借金を返す策もあれば経済を刺激して税収を増やす策もある。その税金を払わない腐敗した連中は一掃せねばいかんので現状のままでは到底駄目なんだが。
だからこそ、論理的に説明のつく対策をせねばならんのだ。
緊縮策で借金を返す(とともに寄生虫のような連中を退治する)方法も、経済を刺激する方法も道理があり、どちらがうまくいきそうかを判断すればいいのである。
今まで通りに公務員が仕事もせずに高給を得て、引退しても現役と変わらない待遇で、それでいいじゃん、うまくやっていたジャン、では論理的な説明はつかない。

同じことが日本の防衛について展開されている。
憲法9条でいいじゃん、うまくやっていたジャン。阿呆である。
中国が牙をむいていることがわかっていない。
いまやイメージ戦略もあって宣戦布告して領土を狙うなんてことはしない。じわじわと「これうちの領土ですから」と宣戦布告なき侵略をする。やっている。ここからどのように我が国の領土を守るのか、力の弱い友好国に協力しなくていいのか、友好国を見捨てたら明日は我が国が襲われるのではないのか。実効性のある議論がない。

国民投票などという一見民主主義的な甘い言葉が国を惑わすのだなと思い知らされた騒動である。
国民投票は意義のあるものである。だがそれを行使する国民が阿呆では意味がない。必要とあらば自分に不利なことにもYesという論理性がある国民にのみ許されることなのだ。
はたして我々日本人は国民投票に耐える国民だろうか。そして、憲法改正を言い出せないほどの委縮した国会はいかがなものか。

posted by Mozzo at 18:56| Comment(0) | TrackBack(0) | まじめな正論! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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