2015年07月09日

野菜たっぷりを気軽に食べられたら

サブウェイというチェイン店がある。
サンドイッチのお店である。世界の店舗数ではあのマクドナルドを超えるとか。大チェインである。
ファストフードと言っていいのかどうなのか。野菜たっぷりのサンドイッチが売りである。手間がかかる。マクドナルドをはじめとするハンバーガーチェインも最近ではその場で作る(モスバーガーが嚆矢)のが主流で作り置きはしなくなったが、サブウェイはさらにひと手間である。
店のオーブンで焼くというパンが5種。これを選んでトーストするかしないかからスタートである。基本の野菜が6種、これを増減することが可能。メインとなる肉類もターキーチキンローストビーフエビツナえーとえーと、と覚えていられないくらいにバラエティ。トッピングにチーズやらなんやら。
そこに種々のお好きなソースをかけて出来上がり。お供にオーブンで焼いた油を使わないポテトもあるのだ。
こういうメニュ展開なので時間はかかる。店員一人一人がレーンに並んで作りながら客と応対する形式で、マクドナルドなど複数のレジで応対するのとはわけが違う。
なのでちょっと混むだけで待たされるのであるが、お気軽に野菜たっぷりのサンドイッチが食べられると思えば待つ甲斐があるというものだ。あっさりしたターキーブレストとかあるし、野菜だけのサンドイッチもある。私のお勧めは肉を使わないアボカドベジにチーズ追加でソースは酢と塩コショウである。さっぱりしつつ食べ応えもあり。
お気に入りなのである。

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まぁお店紹介はこんなもので。
なんでサブウェイを取り上げるのかというと、「サブウェイ食べて痩せました」という広告がされているからだ。そこに興味がある。日本人には通用せんよ。たぶん。
100kg超の肥満男性が「健康的な」サブウェイのサンドイッチを食べる生活に切り替えたらぐぐっと痩せたというのである。例の「昔のズボンがぶかぶかで〜す」っていう写真付きで。

なるほど、サブウェイのサンドイッチは野菜が多いっちゃ多い。だがぱりぱりした野菜ばかりで根菜類が多いわけではないし、肉類も使っているし、マヨネーズなど油を使っているソースも使う。
当然ボリュームたっぷりのパンがベースになっている。
日本人の感覚でこれは「痩せる食事」ではあるまいに。

これを食べたら痩せるって米国人は日頃どんな食事をしているのだろうか。
もしかしたら米国人は「世界一太りにくい体質で、世界一太る食生活」をしているのではないかと。サブウェイに切り替えたら痩せるなんて信じてはいけない。たいていの日本人は太るよ。パンも肉も脂もだ。

とはいえ、サブウェイを貶めたいわけではない。穀物、肉、野菜のバランスがそこそこ取れた食品であって、手軽に食べられるものとしては大変に優れていると言ってよいだろう。毎日食べてもいい。ただこれを食べていれば痩せるってこともないかと思うのだ。
そういえば寿司がヘルシーってのもどうかと思う。
1人前でだいたい1合の米を食うことになる。野菜も足りない。
米が健康的ではないとは言わない。脂の濃い副食とあわせなくとも美味しく食べられることを考えればヘルシーであると言っていい。だが、バランスというものがある。一食一合というのは高校生までだ。
むろんたまにはいいのだ。ごちそうだ。ただこれがヘルシーという米国人はどうかしている。

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ま、それはさておき。
サブウェイのサンドイッチはまずまず健康的だと思う。根菜類をもちょいと使ってほしいところだがトマト玉ねぎピーマンがたっぷり入っているのだから悪くはない。
健康うんぬんは別としても野菜好きにとっては安心の味である。
野菜にチーズにオリーブオイルってのがうまいというか心和むというか。うまいんである。

だが手軽な食品でサブウェイがトップというのもどうだか。いいのか。
いやいやまだある。野菜押し。
最近グッとくる新商品が出た。吉野家の(またか)ベジ丼である。炒めた野菜がごろごろと。やるなら振り切らなくちゃだめよと思ったのか、野菜が冗談はよせというくらいにごろごろと入っていてこれが牛丼屋のやることか〜と思ったくらい。おいしい。野菜と牛丼の具を合わせたベジ牛もあるのだが、ベジ丼は野菜のみ。振り切っている。日頃の野菜足りていない感を一気に払拭するのである。
さすが吉野家。

いやいや日本式に換骨奪胎したオーソドックスな中華料理の店もあるではないか。肉野菜炒めやレバニラ炒めも野菜感満載ではある。やはり根菜類が欠けるなとか生野菜のぱりぱり感がほしいなとか思うことはあるけれど。本国式の中華は日本人には脂が多過ぎくどすぎである。

こうやって考えると、ぱりぱりの生野菜感とどっしり根菜ありの野菜たっぷりを気軽に味わえる店は限られているなと思う。
吉野家のベジ丼に生野菜サラダか白菜の浅漬けをつけるのが理想というところか。いやいくらなんでも肉類なさすぎもいかんか。ベジ牛か。

お手軽ということを別にすれば理想の献立はあるのだ。
まずお煮しめ。これは江戸風の味付けの物がいい。はす、ニンジン、サトイモ、ごぼう、この辺をベースに醤油味でね。緑鮮やかさやえんどうも忘れずに。さやえんどうはうまいわけではないんだがないと寂しい。
お煮しめだと足りない生野菜のぱりぱり感には野菜サラダか浅漬けでカバー。
これにちょいと魚のおかずがあってご飯とみそ汁。蛋白質もばっちり。そんな店が理想なんだが。

まぁそんなことは自宅でやればいいのだと言われてしまえばその通り。だが、いろいろペースが乱れている家庭ではそうもいかないのが実情。拙宅も乱れに乱れている。
人参が冷蔵庫で干からびるような家庭はいかんとは思うのだがどうにもならんのだ。

見た目があっさりで地味でその割に手間がかかるしロスが出るので原価が高いのだな。
今、吉野家のサイトで確認すると、ベジ丼が530円、牛丼並が380円。
ベジ丼は野菜11種。ヤングコーン、ブロッコリ、パプリカ2種、玉ねぎ、カボチャ、サツマイモ、いんげん、オクラ、キャベツ、ニラである。これで推奨される一日の野菜の「半分」がとれるそうな。これで半分か。。。
なるほど野菜たっぷりはある意味迫力だが、牛肉がどんと入っている牛丼よりこんなに高いと一瞬思う自分がいないではない。
しかし冷静に考えればこれはロスが出る。手間がかかる。牛肉がいくら高くても冷蔵庫に入れておけば持つし、工場で加工される前は冷凍だ。鍋でまとめて調理できるし、あの独特の穴あきお玉ですくえば一瞬で盛り付けOK。キッチンを見たわけじゃないが、あらかじめ炒めておいたらあのぱりぱり感は失われるだろう。きっとこまめに調理しているのであろう。人件費が一番高いのだ。

手軽に野菜たっぷりの食事がとれることは、食生活で割と底辺、お金も時間もかけられない人がいることを考えると重要だ。
この層が食生活から体調を崩せば即座に雇用に響く。体調を崩すような「不完全な労働者はいらん」と平気で言う企業があるのだ。健康面で下支えすることでいい循環が生まれるのではなかろうか。
とりあえずベジ丼+卵とかベジ牛とか蛋白質も考え、年齢によってご飯少な目にし、その他の店も組み合わせれば外食でも健康は支えられるのではなかろうか。

我々がすべきはこうした企業を支えることだと思う。若干高めでも選択肢に入れて商売がつながることが、我々も野菜たっぷりの料理を気軽に食べられるのである。10円単位で節約せねばならない人もいようが100円、200円を余分に出せる人はぜひ。自分も健康になる。
posted by Mozzo at 23:14| Comment(0) | TrackBack(0) | まじめな正論! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

追悼たま駅長 動物が身の回りにいるということ

惜しい人を、いや猫を失った。
和歌山電鉄貴志川線・貴志駅 駅長にして和歌山電鉄社長代理の「たま」である。
愛らしい三毛猫であり、日本を超えて世界から注目されるスターであった。
年齢的には大往生と言っていいのかもしれぬ。人間にしたら80歳とか。
老齢ゆえ治療を受けていて、声を掛けられても反応が鈍っていたが亡くなる直前に和歌山電鉄の社長が見舞ったとき「ニャー」と応じて立ち上がり甘えたという。猫と言えど和歌山電鉄は生活の中で特別な存在だったのであろう。そう思いたい。

なんでも「利用客は、南海電鉄が運営していた17年度の192万2千人から、26年度は227万9千人まで増加した(産経新聞より)」なんだそうだ。このご時世に10年で1割以上の利用増である。なかなかのことである。無論別の面で和歌山電鉄の人が努力した部分もあろうがたま駅長が果たした部分も多々あるはずだ。
さらに、鉄道駅であってもダイヤやら周辺の観光やら決して公共交通が便利とはいえない状況に「たま駅長目当てに鉄道駅に車でやってくる」と言われたものだが、それでも観光業界に大きな効果があっただろう。鉄道の1割増がトータルとしてはそれ以上の恩恵になっていただろう。
たった一匹の猫がどれほどの経済効果をもたらしたか、そしてお金に換算できない心の潤いをもたらしたか。
猫の本当の気持ちは知る由もないが、幸せな一生であったと本人も思っていてくれたらと思う。

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三毛猫というのは珍しい存在である。猫と言えば単色あるいは二色が多いのである。ことにオスの三毛猫は大変珍しい。染色体の構造上、オスと三毛は並立しがたく、三毛でオスというのは半分メスに近いとか。つまり性染色体でいうとXXYなんだろう。繁殖能力にも劣ると言われる。
それゆえかどうなのか、三毛猫にはオスメス問わずおっとりした猫が多いような気がする。人間に構われても平気、コスプレさせられても平気。のんびりしているところがまた人気を呼ぶのであろうか。

情緒のない発想になってしまうが、商売としては大変にうまい。
報酬は高級キャットフードを与えておけばいいのであるしな。高いギャラを払って大した成果もないベテラン芸能人もいるというのに。だれとは名前を挙げないが何人もいるぞ。
次から次にと客がくる環境がうれしかったのかうざかったのかは本人に聞いてみなければわからぬが、もっと虐待されている動物がいると思えば比較として大事にされていたというわけで責められることは何もない。
イメージ戦略として100点である。世界から「Wakayama! Tama!」と目指してくるのであるから素晴らしい成果である。

この先フォロワーも増えるのだろう。
すでに猫がウサギがとかね。

それは悪いことではない。商売的に言ってもたかだか動物一匹。コストは大したことはなく当たらなくてもマイナスはない。当たれば丸儲け(悪い言い方だな)。
まぁ駅ごとに動物駅長がいては受ける駅も沈む駅もあろう。猫が勝つとは限らない。牛も山羊もかわいい。個人的には牛が一番かわいい。ジャージー種のかわいさと言ったらこれがもう。。。あ、ホルスタイン種も好きだし和牛も好きなんだけどね。
本来なら人間のタレントがその立場にあるべきと言えばそうなのだが、暇で暇で貧乏でしょうがないタレントは山ほど。だけど動物には勝てないときもあるのだ。
いっそ一つの鉄道会社が全駅に動物駅長を配したら大きな話題になるかもしれぬ。JRグループがこれやったらえらいことになるけどね。日本の顔の一つともいえる東京駅ともなれば百獣の王ライオンであろうか。日本一世界一の利用者数と言われる新宿は陸上最大の動物アフリカゾウであろうか。世界最大の動物であるシロナガスクジラでもいいが触れ合えないし抗議する阿呆の活動家が大喜びだろうしねぇ。西の王者大阪駅はやっぱり虎だろうね。阪神タイガース。うーむ、どれもたま駅長に勝てる気配がないな。
秘境駅として高名な(?)徳島県は土讃線・坪尻駅ともなればなにがふさわしいか。しょぼいけど珍しくて有名な動物。。。。。ハダカデバネズミか。虎より人気出るかもね。私は好きデバよ。

そんなにうけなくともいいのだ。別にマスコミに取り上げられるわけではなく、全く話題にもならずとて、地域の人とその駅なり施設なりを「もともと」利用していた人にひと時の安らぎを与えてくれるならその時点でプラスだ。
最近では粗食に耐える山羊が雑草の処分に役に立つと人気だそうだ。人になつくし騒音も出さないし糞が臭いわけでもない。そもそも草食動物の糞はそれほど臭くないし、山羊のようにぽろぽろと細かい糞ならすぐに乾く。土に返って肥料になる(まあ雑草の肥料になるんだが)。
お笑い芸人がその場に寝泊まりして草刈りをする企画をやるより山羊のほうが受けるだろうよ。人間の糞は山羊より臭いしね(そういう問題じゃないか)。
現実に団地などで山羊が導入されたところでは、近所の人に愛想をふりまき愛されているそうな。期間限定でレンタルしている場合(そういう業者があるのだ)、お別れのときには悲しむ人も多いとか。なんかその場面を想像しただけでうるるとくる。

動物を育てることに最終的な責任を持たない関係というのは、情操の面で限界はあるとは思う。本来であれば動物を自宅で飼って最後をみとる体験をしたほうがいいのは論を待たない。だが環境がそれを許さない場合もある。
それでも動物園の高い柵の向こうに珍しい動物を見るより、毎日近い距離で珍しくもない動物と触れ合うことが子供の教育に、いや大人の精神の安定にもどれだけ役立つことか。人集めでもなんでもいい。さまざまに動物を活用してもらえたらと思うのだ。日常に動物がいる生活。空地の除草に山羊。店頭の看板娘に猫。店内にいていい動物と想像するともうきりがない。犬猫当然、フェレットいいね、ハムスターにモルモット、オウム、鷹、九官鳥、ペンギン。両生類ならぜひぜひオオサンショウウオ(ハンザキ)を願いたい、絶対に人気が出る、私は一日中眺めていられるね。猿なんてのはいたずらとかつまみ食いしそうだけどいたらうれしい。お好きな人には爬虫類、蛇にトカゲにカメにワニ。魚がいるのもいいね、触れ合いは難しいが。何なら車庫が1台分空いているから牛を飼うなんてお宅があれば豪儀だね。
蛇はもともと苦手なんだけど、慣れたらなんか好きになれそうな気がするのである。好きになりたいのである。大きな蛇がいい。頭をなでたら喜んでくれないか。顎のところをこちょこちょとしたら喜んでくれないか、慣れるための蛇貸してくれないかなぁ。
と妄想は広がる広がる。

一方で動物を大変に嫌う人もいる。近所で騒動の種になることもある。
人の好みなのでこればかりは仕方ない。
仕方ないのだが動物を嫌う傾向がどんどん強まっているようにも思う。犬猫など代表的なペットを溺愛する人と嫌う人が二極化しているかのようである。

日常の身の回りにいないと自然と疎遠になり、慣れていないから拒否感が高まるのだろうか。
そういえば子供のころ平気だったミミズだのゴキブリが最近は恐怖である。当然都会の端っこの端っこの拙宅と言えど周囲はコンクリートで固められている。草むらに入り込む趣味もない。駆除が効いているのか家具を減らしたのがいいのか、ゴキブリも当地に越してきたときだけで以降全然見ていない。

さすがにミミズゴキブリと仲良くするのはハードルが高いが、犬猫家畜一般には触れ合って慣れておくのも悪くないとは思うのだが。生活空間に人間以外の動物が全然いないという状況も不健全だと思うのである。強制できることでもないが。

思えば動物に対する苦情も近所に公園や幼稚園があって子供がうるさいという苦情も根っこは同じように思う。かわいいとおもえと強制するのは乱暴だが、「なぜかわいく思えないのだろう、歪んでいないだろうか」と自省するのは悪くない。
posted by Mozzo at 22:25| Comment(0) | TrackBack(0) | まじめな正論! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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