2015年08月07日

ハゲって否定的な言葉なの? 言われたらつらいの?

ぷるる〜 ぷるる〜
「はい、佐藤商事です」
「私、鈴木開発の加藤と申します。営業部の木村様をお願いします」
「恐れ入ります。営業部には木村は二人おります。下の名前はお判りでしょうか」
「(覚えてない。こまったな)えと、今、出先で分からないんです。あの鈴木開発を担当されている木村様なんですが」
「どちらの木村も御社の担当をさせていただいております」
「(あ、そうか設計部に入っているのも佐藤商事さんだ。あのひとも木村さんっていうのか。。。)えと、困りましたね」
「見た目の特徴などでも」
「えと、身長が170pくらいで恰幅のいい」
「どちらもそんな感じですが」
「そういえばそうでした。うーんと」
「決定的な違いが」
「あの、その、ほら、頭が若干、その、寂しい」
「はい、ハゲの方ですね。少々お待ちくださいませ。(お〜いハゲ!電話!)」

まぁこんなぶっちゃけた会社はないと思うが。

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ハゲというのは面と向かって口に出しづらいこととされるし、失礼だとされるし、本人も気にしていると思われている。
身体的特徴を口にするのは失礼で差別的なことだというのもあながち間違いではない。

だが、どうもこのとらえ方がいいのかどうかと思うのだ。
身体的特徴に触れることは社会的に正しくないことなんだそうだ。
なるほど、「XXXさん? あああのデブの人」とか言われたら内心穏やかではないだろう。だがハゲも同じことなんだろうか。

いいことかどうかはわからぬが、社会的にプラスに評価される身体的特徴に言及することは許容されている。
背が低いと表現するのは失礼(男性限定か?)だが、背が高いは許される。
デブは許されないが、スリムな人とか筋肉もりもりの人は許される。
しかし、プラスに評価されるとはいえ巨乳の人というのはNGだろうな。なかなか普遍的なルールは見いだせない。

プラスでもマイナスでもない特徴に言及することはどうだろうか。しかし身体的特徴に対する判断は流行り廃りがあるにせよプラスマイナスに振れるものだ。
見た目がXXXな人と言ってマイナスにもプラスにも感じないことってなかなか思い浮かばない。髪が長い短いくらいか。ひげがあるないってのもあるか。「眼鏡かけてるほうの人」と言われて悲しい人だっているかもしれない。

で、ハゲが世間においてマイナスだから言及するのを躊躇するのだろう。
そこが個人的感覚でわからんのでこんな駄文を書いている。
ハゲって恥ずかしいのか? ハゲは中高年男性に多く若年や女性でハゲだと目立つというのはあるかもしれぬ。だが、中高年ともなればハゲは当たり前。普通のことだ。
当たり前のことでも恥ずかしいのか。か弱き男心なのか。
中高年になれば腹が出てくる人も珍しくない。それは全然気にしてないのにハゲはダメか。腹が出ているほうが健康面では問題があるんだが。

というより、ハゲはある意味精力の象徴である。これは理由があることで男性ホルモンが頭髪を抜けさせる方向に働くのだそうだ。
なので、精力が強いイメージは強ち間違いではないのである。
ちょっと小太りでハゲの中高年男性を見ると「おっちゃん、あっちの方は若いもんに負けへんでぇ。毎年テクも磨いとるからな、ひぃひぃ言わしたるで、ぐへへ」と言いそうな感じがする。なんて下品な文章だ。
逆に細身でロマンスグレーでふさふさで上品な男性を見ると、好感は持てるんだが「枯れてる」ってイメージがある。

有名人にハゲあるいは人工的なハゲであるスキンヘッドでかっこいい人は山ほどいる。
ブルースウィリス、かっこいいですねぇ。映画マトリックスでモーフィアスを演じたローレンスフィッシュバーン、いいですなぁ。同じマトリックスで悪役サイファーを演じたジョーパントリアーノも坊主頭。憎たらしいんだけど魅力的。古いとこではユルブリンナですな。あとジーンハックマン。かっこいいー。くーっ!

国によってはハゲは当たり前すぎるし、悪口でもなんでもなくて、当人の前でハゲと言っても何の失礼でもないという文化もあるらしい。ベルギーとか。30代になればハゲで当たり前とかいう話だ。
というより、ハゲを気にするのは東アジアの国だけという話もある。まぁないよりあったほうがいいけれど程度のことである国も多いとか。

これには理由があると思う。
モンゴロイド、とりわけ東アジア人は比較的肌の色が薄く髪の色が濃い。コントラストが強い。故にハゲたらその形がくっきり見える。
平均的に肌の色が薄いコーカソイドにもブルネットの人はいるが、金髪銀髪赤毛あたりではあまりコントラストが強くない。
逆に髪の色が濃いが肌の色も濃いネグロイドもコントラストは強くない。
もちろん、コーカソイドやらネグロイドという区分は大雑把で、肌の色もバラバラだし(インドは日射が強い故肌の色が濃い人が多いが、多くはコーカソイドだ)髪の色もバラバラだ。
だが、日本人朝鮮人あたりが一番コントラストが強いのではなかろうか。だから気にする。

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しかし、明らかにハゲでもそんなものは個性だと割り切ればいいのではなかろうか。
長髪が似合う人もいれば短髪が似合う人もいる。同じことでハゲが似合うようになればいいのである。

恥じてごまかしている感じが一番見苦しい。
先のコントラストの問題もあるから額がハゲ上がってきたら、スキンヘッドとは言わぬが5分刈りくらいに短くしてしまうとかっこいい。理知的に見える。そこにきりっとした眼鏡をかけていてほしいなぁ(個人的趣味)。

髪を伸ばしてパーマやセットでごまかすのが最悪。みりゃわかる。
カツラという手もあるが高級品を常にメンテできる金があってこそである。いったん作るとなったら100万円くらいかかるそうな(安いのはみっともないらしい)。で、メンテや作り直しを怠ると残った毛や顔の変化に追い付かなくていかにも「ヅラです」ということになる。年間何十万と使う勢いで。お金使っても似合う保証もないし。
でも、すごく立派なのを作ったうえで「今日は脱いじゃう」とカツラを外してバーのカウンターにおいて飲んでいる人がいたらすごく受けるかもしれない。

やっぱりハゲだとある種のぎらぎら感が出てくる。精力につながるからだろう。だから清潔感を前に出すのが一番。
暑苦しい顔つきで長髪パーマが似合わないのと同じこと。それぞれ似合うものがある。
ハゲなんてその程度の問題だと思うんだが。

お悩みの中高年男性諸氏、すっきりしてれば何にも見苦しくないよ。気にし過ぎ。
posted by Mozzo at 01:14| Comment(0) | TrackBack(0) | まじめな正論! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

熱中症が当たり前になる都市生活はおかしい

うむむ残念な事故。産経から引用する。

引用ここから====
熱中症か、男性が自宅ベッドで死亡 エアコン作動でも…埼玉・川越

 1日午後8時35分ごろ、埼玉県川越市の男性(76)が自宅のベッドで目を覚まさないと、家族の女性から119番通報があった。男性は搬送時に意識がなく、市内の病院に運ばれたが同日夜、死亡が確認された。熱中症とみられる。

 県によると、1日に熱中症の疑いで救急搬送された人数は計185人で、調査を始めた7月1日以降で最も多かった。

 男性がいた部屋の窓は閉まっており、エアコンは動いていたが室内は暑かったという。気象庁によると、隣接するさいたま市の8月1日の最高気温は37・5度だった。
引用ここまで====

先日私は軽い熱中症(軽かったかはわからんが自分で復活)になった。
家事の合間にあー疲れたと昼寝を決めていたのである。拙宅は幸い風通しがよく、風の当たる場所で寝っ転がっていたわけだ。あー極楽極楽と。
若干寝て目が覚めてその時はまだ快適だった。暑いには暑いが肌はさらっとしているし苦しくもなんともない。風通しがいいし湿度が低いんだろうなぁと思っていた。
ところがふと起き上がろうとしたらフラフラである。貧血のように頭がぼーっとなって手足が若干ジンジンしている。まっすぐに歩けない。頭が痛い。横になっているときは何ともなかったのに。あー極楽どころか本当に極楽に行ってしまう、というか私なら地獄か。

これはいかんとまずは水を一杯飲んだ。急にがぶがぶ飲んでいもいかんらしいのでゆっくりだ。
次に大変ぬるいシャワーをたっぷりと浴びた。あまり冷たい水だと体が誤解して体幹の奥の熱を出さないようにするらしい。飛び上るほど冷たくない、体温より若干低い程度の水がいいらしい。
その後、水をゆっくりと何度も飲んだ。何リットルもだ。塩分補給のために漬物を食べ、意味があるかどうかわからぬが、マルチビタミン+マルチミネラルのサプリも飲んだ。
復活に1時間ほどかかった。危機は去っても疲労感は長く残った。死ぬかと思った。

水を飲んだら汗がだくだくと出てきた。なるほど汗をかく余裕もなかったのか。肌がさらっとしていたのはそのせいか。
かなり水を飲んでもなかなか尿がでない。そういえばこの日は全然トイレに行っていなかった。数時間おきにトイレに行きたくなるくらいには水分を摂っていなければならんのであろう。尾籠な話であるが、色が濃い尿が出るようではいかんらしい。
暑さと戦うF1パイロットは色が薄い尿が出るまで水を補給するそうな。走行中にも水を補給するそうな。レース中にトイレに行きたくなったらどうするかは知らんけど。
気をつけねばならないのがカフェインやアルコールなど利尿作用があるものを飲んでいるとき、色が薄いどころか色のついていないくらいの尿が出ることがある。水が余っているから排出しているのではなく、利尿作用でどんどん水を出しているので実は脱水が進んでいる。高血圧治療薬の一部は利尿作用がある(水を出して血圧を下げる)ものがあるのでこれも注意だ。

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知識として室内でも熱中症にかかるとか、対処法とかはそれなりに情報を仕入れている。しかし自分で体験するのとしないのではかなり違う。
お年寄りを中心に室内で亡くなる事故も多々あるのだが、さもありなんとおもった。気付かないのである。
辛うじて歩けたから水が飲めてシャワーを浴びられた。起き上がれなくなるまで気づかないなら死が待っている。立ち上がることができたとしても途中で昏倒して妙なところを打つかもしれぬ。頭を打ってそのまま昏倒では死ぬしかない。

まさかとおもった。こんな風になるとは。
これは言葉では伝わらない。体験すべきだ。
医療スタッフの監視下でシミュレーションができるべきだと思うくらいだ。費用面からそう簡単にはいかんが。訓練を受ける当人もきついしね。

まぁ自覚だけでは身を守れないということは知っておくべきだ。経験を補うのは知識だ。疑似体験だ。

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さて引用した記事に戻ろう。

大枠は普通の事故の記事なんであるが問題は最終段である。
エアコンは動いていて部屋は暑かったということである。
節電が叫ばれてはいるが熱中症防止には適宜使おうと広報されている。エアコンを回す判断は合っていたということだ(拙宅はエアコンを使ってなかったのだな)。
しかし暑かったとはどういうことか。ここを押さえてこそ報道ではないか。産経努力が足りぬぞ。

理由は3つ考えられる。
まずはエアコンの能力が及んでいないということだ。
エアコン自体が悪いということはあるまい。15年前のエアコンでもたいていばっちり動くし(電気代が高いとはいうが)、全く動かないならそれ以前に気付く。
最新の省エネ住宅では8畳用のエアコンで家全体が冷えるそうだ。つまり部屋の断熱があまりに甘くて追いつかないのではないか。
最新エアコンといえどもトタン屋根に断熱材もないような部屋を適温にする能力はないだろうしエネルギーの無駄だ。

もう一つはエアコンの故障だ。
エアコンの本体は本来室外機である。
室内にあるものばかりが強調されるがあれは(賢く風を回したりするが)熱交換器に過ぎない。
目につかないものだから動かなくなっていても気づかないというのも道理だ。
壊れている、壊れていないと明確ならばわかるのだがあいまいな状態もある。エアコンの本体が外にあるだけに放置されがちだ。軽くは冷えるがガンガン冷えない状態というのがある。

最後に室外機の状態だ。
ご存じのとおり、室外は室内の熱を外に出す機能を担っている。
当然室外機から放出された熱は順次外へ拡散されねばならぬ。
室外機の周辺の状況が悪くなるだけでエアコンの効率は下がる。
これがまずかったのではなかろうか。極端な話熱交換ができないほどの高温になればエアコンは無力だ。

理屈はわかっているのだから点検せねばならない。わかる人間が点検する必要がある。それができなければ悲劇は繰り返される。
全戸がエアコン完備の断熱完備であれというわけじゃない。そうあってほしいが。
最低限熱から逃げるシェルターを用意し、そこに逃げ込む手段を提供すべきだ。
会議室とかショッピングセンターの片隅でいいのだ。役所の玄関に逃げ込むでもいい。最悪コンビニに駆け込んで「助けて」といえば追い出されることはあるまい。まぁそこまでせっぱつまっていれば一段落ついたら病院に行こう。

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熱中症の予防には温度管理と水分補給のほかに塩分補給も言われている。
これが厄介である。塩分摂り過ぎと塩分不足のどちらもいけない。
さらに今自分が塩分過剰なのか不足なのかがわかりづらいということなんである。

水分不足は汗や尿の出方とかでなんとなくわかる。カロリー摂りすぎも太るからわかる。
塩分はこれと言った目安がない。
塩分の摂り過ぎは当然血圧の問題となる。理想は1日3gとか。日本人は摂り過ぎでせめて6〜8gにしようと言われているが、10gを超える人も珍しくない。
仮に食事の内容から摂取塩分量を推測したとして、これが足りるかどうかの判断も大変に難しい。
つまり暑くて塩分を失うことを考慮して理想3gだけど今日は8gねと決めたとしよう。
で、これが足りるのかどうか。
塩分の排出は尿と汗である。
尿は腎臓が健全であればある程度調整してくれるから問題ない。
問題は汗だ。
肌がしっとりするくらいにじんわりと汗をかいている状態は塩分の消耗が少ない。
ところが、肌をしっとりさせるくらいでは熱発散が足りない(気化熱だけでは足りない)となると、最後の手段として汗を水として排出し熱を排出しようとする。したたる汗である。こうなると塩分はダダ漏れであるのだそうだ。大汗をかいた後濃い色のシャツを着ていて乾くと塩分が浮くのが見えることがある。浮いて見えるというのは相当のことだ。

高血圧の人には大変悩ましい状況である。
塩分を取りすぎ、水を取り込むことで血圧が上がるのである。これそのまんま熱中症対策なのである。腎臓病の人もむつかしい。
水分が不足すると心臓に負担がかかるそうである。体内循環に不足が出るため血液を回そうと心臓ががんばることになる。循環器系疾患を持っている人には厳しいのである。

今この瞬間、水を飲むべきか、どのくらい飲むべきか。塩分を摂るべきかどのくらい摂るべきか。これが簡単にピッとでるような機械があればいいのだけど。なかなかそうはいかん。

実はこの文章を書き始めてからかなり日が経っているのだが、今日もちょっとふらっとした。なにか筋肉が痙攣しやすい。腹筋がつった時には焦った。味噌汁を多めに飲んで水を飲んだら直った。塩分が不足していたらしい。
薄味好みであるため、意図的に摂らないと夏場には不足するのだろうか。いやそれは自分の感覚だけであって、本当に塩分が不足していたのであろうか。客観的な指標がほしいところだが。

ともあれ自分の体験から、飲みやすくて塩化ナトリウム以外のミネラルやその他栄養分があるという観点で即効性があるのが味噌汁。じわじわ行くのが漬物である。酸っぱい本物の梅干は気付けにもなるだろう。

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熱中症というと、「昔はこんなことはなかった。今の若者は根性が足りん」とずれたことを言う人がまだいるようだ。根性論バカだ。

まず熱中症で死んでいるのは高齢者だ。今の老人は根性が足りんとでも言ってやればいい。そこからして認識不足だ。本当に根性で何とかなるならまずは老人に喝を入れて回ったらどうか。

地球温暖化の影響は横に置いといたとしても現在の都市構造・生活環境は昔とは全く違う。
冷房が効くところに居られる「こともある」というのも問題だ。
ある程度暑さ寒さにはなれるものだ。ところが暑いさなかに涼しい(えてして涼しすぎる)体験をするとその慣れがリセットされてしまうらしい。いつまでたっても暑さに慣れてない体のまま。これがいけない。
現在、少なくとも都市部の小学校ではエアコンが設置されているのが当然であるという状況になっている。私の世代では小学校は冷暖房なしが常識だったのだが現代ではそうはいくか。
これは、日常エアコンに親しんでいて暑さに耐えられないという面もあろうし、都市がヒートアイランド化し、気温が上がっているという面もある。子供の自分と今の自分で温度の感じ方は違うだろうが、明らかに違う。昔は「午前中の涼しいうちに宿題を」なんてたわごとを言っていたが、今や朝から暑さ全開、昼になればターボが効いているというもので。到底涼しいから宿題に集中できるような状況ではない。

しかし、いくら日常からエアコンを排除しても、いかに暑さに慣れていようとも、どうにも耐えられないという領域が現実になっている。根性や慣れでどうにかなる状況にはない。通学通勤で冷房が利いた電車やバスに乗るわけだしそれを否定すれば死人続出だ。根性で38度には耐えたとしても45度だ50度だといわれて根性でどうにかなるわけがない。人間も生物なので。

こうした根性論ははっきりと無視していただきたい。根性論を言い出す奴ははっきりと馬鹿だと言いたい。というより面と向かって馬鹿だと言って認識を改めないと死人が出るのだが。

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とはいえ、都市環境をそのままにして、毎年熱中症で人が死に、ただただエアコンをぶん回すしか対策がないというのもどうかと思う。
エアコンがないと生活できない都市構造が問題なのである。なるほど昔はエアコンはなかった。都市構造が違うから耐えられたのである。東京タワーが完成したころの東京の風景を見ると、本当に大きな建物がない。東京タワーがにゅっと生えているだけに見える。あれなら暑さも違うだろう。


郊外の閑散とした田園地帯に行くとエアコンがいらないことも多い。周囲に熱源がなく、熱を吸収排出する小さな川や池、野原があり、林がある。住宅が密集していないから窓を開け放つことができ、風が通る。家が大きいから壁から離れた場所にいれば昼間でも輻射熱を受けない。

なお、郊外がすべて涼しいわけではない。大都市で生まれた熱い上昇気流が下に吹き付けてくる場所もあるからだ。暑いことで有名な熊谷は東京の暑い熱気がぐるっと回って吹き付けているのだそうだ。
郊外がいくら涼しいと言えど暑いっちゃ暑いのだが、エアコンなしで乗り切れたら体が慣れる。そうなればますます楽にしのげるというわけだ。
都市を涼しくせねばいかんのではなかろうか・

昔のSFのように都市を丸ごとドームで包んでなんてことができれば解決するのかもしれぬがえらい環境破壊である。

もっと水の循環をすべきではなかろうか。都市に細かく水を流して熱を回収し海に放出するのである。東京湾や大阪湾、三河湾がある程度閉鎖的な水域としても都市の面積との比、熱容量の差から考えて排熱して大きな問題があるとも思えぬ。

まず、都市化して土地不足もあり暗渠化した小川の再生である。小川は流れる水が熱を吸収し、蒸散した水が周囲の温度を下げる。暗渠化したことでそうした機能が失われたのである。あの東京渋谷の駅前には小川が流れていたのである。春の小川はさらさら行くよとうたわれた渋谷川は今や暗渠を流れるどぶ川だ。

また、都市の水源も大事に使う。近年地下水くみ上げの制限が功を奏し、地盤沈下が止まっただけではなく、一部では排水しないと追いつかない勢いだそうだ。今は安直に捨てられているだけらしいが、上水道の水源に使って熱回収して下水に流すとか、その水を直接人工の小川に流すとか、工夫をしたらいい。

雨水も安直に流してしまうのではなくため込んで地下水と同様に使ったらいい。
処分に困っている雪国の雪を都会にため込んで夏に使う手もある。現代の氷室である。大規模施設の地下には貯雪設備を義務付けて、貨物列車でガンガン運んでもらったらいい。
これで冷房すれば排熱せずに済む。

外に漏れ出さないような水の循環系を作って、海水を内陸に引き込み熱を吸収させて海に戻すのも有効だろう。

こうしたシステムを動かすためにはエネルギーを必要とするがその分冷房のエネルギーが減れば相殺できる。少なくとも「エアコンの排熱が熱いから窓を開けられずエアコンを回す」というマッチポンプというかヒートポンプというか、ばかばかしいことを減らせる。

当然ながら都市の過密状態の解決も待たれるところだ。
先に横浜での架線事故の話題を出したが、横浜品川間に4本の路線(移動経路として合理的なルートとして)が並行していて、さらに大回りでよければ何種類も移動方法があるというのがクレイジーなのだ。そこを走っている電車が短くて8両、10両や15両編成もあって、ラッシュ時には3分間隔で運行されていて、そのどれもが満員電車というのがクレイジーなのだ。
過密にすぎるからこうなるのだ。
過密解消はいろんなことを解決するのに。
posted by Mozzo at 00:28| Comment(0) | TrackBack(0) | まじめな正論! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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