2015年10月29日

本質を忘れた弁護士は退場してほしい

当然例外もあるだろうしこれだけで弁護士を語っちゃいかんとはおもう。
だが基本腐っているとしか思えない報道。

引用ここから====
「取り調べは原則黙秘」…死刑弁護の手引が波紋
2015年10月19日 08時51分

 死刑求刑が予想される事件の弁護活動について、日本弁護士連合会がまとめた手引が波紋を呼んでいる。

 否認事件などで被害者の裁判参加に反対するよう求め、取り調べで「原則黙秘」を打ち出しているためだ。日弁連内部にも異論があり、犯罪被害者を支援する弁護士団体は19日にも抗議声明を出す。

 ◆目標は死刑回避

 手引「死刑事件の弁護のために」(A4判110ページ)は、日弁連の刑事弁護センター死刑弁護小委員会が作成した。裁判官と裁判員に死刑判決を回避させることを「唯一最大の目標」と明記。被害者参加については、「被害者による質問で法廷が感情に支配され、証拠に基づかない質問がされる可能性がある」として、被告が起訴事実を否認していれば「参加に反対すべきだ」と記載した。

 捜査段階の取り調べでは、「早期に自白しても死刑回避の保証はなく、かえって供述内容が量刑を死刑に押しやる」として「黙秘権の行使が原則」と指摘した。マスコミ対応についても、「報道機関は言い分を正確に記事にするとは限らない」として「弁護人は公判段階まで取材に応じてはならない」「被告に、報道機関が面会を求めてきても一切応じないよう説得すべきだ」と求めた。
2015年10月19日 08時51分 Copyright c The Yomiuri Shimbun
引用ここまで====

弁護士とはかくあるべしという理念をどこかにおいてきてしまったのだろうか。
裁判官、検察官と並んで法曹界の一翼を担っているはずなのにこの堕落ぶりはなんだ。

「ん!? 死刑回避を目指すのが堕落ですか」と思った人、ちょっと考えていただきたい。
弁護士とはなにか。
被告の立場にたって、「真実を明らかにする」「非があるなら正しい量刑(民事なら賠償とか)」を目指すのが本質ではなかろうか。さらに考えれば結審後の被告の更生に役立つ方向性を示すプロでなければならないのではあるまいか。
これで検察と裁判所を相手にした勝ち負けのゲームに過ぎない。

以前から批判しているのだが、「軽い」判決を得るためには手段を選ばないのが弁護士だ。
無論、あるべきよりも重い量刑が課されてはいかん。だが軽ければいいというものでもない。
量刑を軽くせんがために、被告を判断能力のない人間に仕立て上げ、結果その短くなった服役後に社会復帰できなくするようなことを平気でする。勝ち負けが大事であって被告の立場に立っていない。
被告に判断力があり責任能力があるということは、服役後更生して何らかの仕事に就く能力があるということになる。それを全否定して軽い量刑で弁護士勝った勝ったと喜んで、被告の未来はどうなる。責任能力がない無能力者を雇う会社はないぞ。

弁護士のゲームのために被告が存在するのではない。
被告が正しい裁判を受け、非があるなら妥当な罰を受け、社会や被害者の処罰感情と正当に対峙することが求められているのである。

====
又聞きの話なので話半分なのであるが、被告が弁護方針に対して疑義を唱えることは弁護士の心証をかなり損ねるそうである。
たとえば被告が「犯罪を犯したのは事実なのだから、その事情をくみ取ってもらう方針で」と言っても弁護士が「責任能力を争えば無罪で行ける」というプランを立てると、これに反した被告の言動に激怒する弁護士もいるとか。
基本は被告の意思が最優先であり、その原則を守っている人が大半であろうが、自分が主役と勘違いしている弁護士もいると聞く。

こういうニュースを聞くといざというとき(犯罪を犯すつもりはないけれど人生なにが起こるかわからない)、弁護士に頼るくらいなら潔く自分を自分で弁護して、負ければ服役でもいいかなと思いそうになる。
こういうゲーム発想の弁護士に有利な判決を取ってもらっても私の正義感が納得いかない。

まぁこういうことが起こるのも、「事実を曲げてでも」有利な条件を引き出したい人が弁護士を利用しているからかもしれない。それを含めてすべて否定したい。
posted by Mozzo at 01:06| Comment(0) | TrackBack(0) | まじめな正論! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月08日

通販業者と配送業者の話をしてみたいのだが

御多分に漏れず通販にはお世話になっている。
都市生活者であり、車も自転車もお役御免とした身としては重いものは通販に頼らざるを得ない。自動車と自転車をお役御免にしたのは事故を起こすとか轢かれるとかとんでもない結末になるのが目に見えていたからである。
あとはタクシーに頼るである。

通販業者は買った量によっては送料無料!ってのが売りなので通販業者側も値段で配送業者を選ぶこともあるようだ。値段の安さを売りにかなり強引な営業をかけているとも言われる。

だが、受け取り心地ってことを気にしているのかと言いたい。
いやそんなレベルの高い話ではなく、受け取れる、受け取れないのレベルで業者の違いがあるのだ。

定期的に買っている通販業者があった。
ところが、この業者が配送業者をヤマトからゆうパックに「変えやがった」のである。
ここのところ忙しいので配達時間には在宅できない。出先なので職場に転送とかされても困る。そもそも重いから通販で買うのだ。持って帰ってたまるか。
これまでヤマトだったから注文した。
ヤマトなら近所のコンビニに転送してくれる。ゆうパックは時間外なら遠い本局まで取りに来いという。地元の局は24時間営業ではない(20時に終わるってどういうこと)し、地元の局で受け取れてもあんなに重いものを運べるものか。近所のコンビニだから何とかなるわけである。
また忙しいといっても突発的に早く帰れることになる日だってないわけじゃない。
ヤマトは配達員さんに直電できて、ぎりぎりの時間でも連絡すると何とかしてくれる(いつも感謝してますヤマトさん。なるべく無理言わないようにしてますが、最後は頼りにしてます)。ゆうパックは連絡つかないし、局に電話しても「今日はできません」で終わり。
システムとかそういう話の前に熱意がないのである。

ゆうパックだけを責めたいわけではない。この通販業者もどうだか。
「受け取れなかった荷物は返品で、再送はしません」という。だが、事情と言うものを斟酌しないというのだからやることは役所並みである。こちらはゆうパックでは物理的に受け取れないと言っているわけである。ヤマトなら受け取れると言っているのである。本来送料無料だが、ヤマトの分は着払いにしてくれとまで言っているのである。
なるほどその対応をしても業者に今回は得はないのかもしれない。だが、単価数万円の客を逃してもルール優先か? たかだか着払いで別に荷物を振り分けるだけなのだが、そのやる気のなさはそもそもの商売もやる気ないんじゃないかと思ってしまう。
まぁ今回は受け取りせず返品だし、ゆうパックを使う限りは次の発注はない。というか、この意見を容れてヤマトに戻しても、この姿勢なら「ヤマトに戻しましたからぜひ」なんて営業をかけてこないだろう。やる気がないのだ。

やっぱり人情としてやる気がある業者に頼みたい。多少の価格の差など誤差みたいなものである。

まぁ私の不便がどうのこうのはこの辺にしておこう。
感じるのは企業のイメージと言うのは、ことにサービス業と言うものは、現場が背負っているという当たり前のことを再認識したことだ。
経営サイドが決める価格であるとかサービスシステムとか方向性を決める要素はある。だが、最後は現場だ。
現場の熱意が最後の印象を決定づけるのではないかと思うのである。
その点今回の話で、少なくとも私に対して、ヤマトはプラスのイメージを与えているし、ゆうパックとこの通販業者はマイナスのイメージを与えている。

ほんの些細な差なのである。ヤマトだってミスをするしできないことはできないという。
しかし真逆なこの評価。何が違うのか。
ほんの一声、自分たちのルールもあるけど踏み出して検討したか、ではなかろうか。踏み出してほんの数分時間外だけど電話に出ましたではなかろうか(無理をやれと言っているのではなく裏マニュアルで15分オーバーまでは電話に出ろとか決めておけばいい話)。踏み出したけどやっぱりダメと言うのと「それルールですからやりません。それがなにか?」という姿勢の差なんではなかろうか。顧客サイドに立って考えてみたかが問われるわけで、その結果は同じでも客は納得するのかもしれない。

私はそれができる企業を応援したい。単純に気持ちいいというのもあるが、サービスがわかっているならほかの観点でも信用できるからだ。
posted by Mozzo at 21:54| Comment(0) | TrackBack(0) | まじめな正論! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月05日

阿呆の旅行者は封殺すべきだ 中国人観光客 香港航空

産経から引用するが共同信である。

引用ここから====
新千歳空港で香港行き便の乗客が騒動 欠航に腹を立て警察出動

 北海道の新千歳空港で3日夜、香港航空の香港行きの便が機材故障で出発できなくなったことに数十人の乗客が抗議し、警察が出動する騒ぎがあった。香港メディアが4日報じた。乗客の国籍は伝えていない。

 同便には257人の乗客がいたが、搭乗口まで行ったところで故障を告げられた。代替便がなく空港周辺のホテルもほぼ満室で一部の乗客分の宿泊先しか確保されなかったため、数十人が「食料も水も薬もない。助けて」などと書いた横断幕を掲げて騒いだという。(共同)
引用ここまで====

香港メディアが騒いだ客の国籍を伝えていないのは事実だろうが、中国人ということは別の報道でわかっている。新千歳空港を運営する会社に問い合わせたらわかったそうだ。
その程度の取材もしない共同ってなんだ。新聞のコピーを見てるだけか。それとも中国人と報じるのがまずいという雰囲気が香港メディアだけでなく共同にもあるのか。

ま、それはさておき。
この記事だけで突っ込みどころ満載である。
「食料も水も薬もない」人々が横断幕を作る材料は入手できたというのか。
世界には水も食料もないのになぜか画用紙とかフェルトペンだけは手に入る国があるのかもしれないが(ないわ!)日本で、都会で、それなりの施設なら、水すら手に入らないということはあり得ない。さすがの日本でも空港で画用紙やフェルトペンはそう簡単に手に入らない。昼間しかやっていない店でしか売っていない。

要するにただでよこせ、と言うことなんだろう。「無料の食料も無料の水も無料の薬もない」なんだろう。俺たち被害者、全部よこせーなんだろう。

別の報道ではすでに札幌周辺の宿泊施設は満杯に近く、代替機もなかったという。
ホテルが確保できない客が騒ぎだしたという。また、食料を補給するにはいろいろ制限があって、航空業界として守らねばならないルールがあるらしい。勝手に検査されてないものを持ち込んではならない(これから飛行機が出発するエリア)領域てなものがあるわけで、食料を持ち込むならその外でないとまずいわけだ。
ところが、その領域から出たら「自分たちの特権=飛行機が運航できなくて足止めを食っている」を失うという訳の分からない主張でその領域から出ないのだという。それで食料がないも何もあったものではない。

まぁこの程度のトラブル、つまり飛行機一機が止まったくらいのことで行き場がなくなるならその程度のクラスだったろうに。エコノミーかLCCだったんだろう。文句を言う資格がない。LCCならうまくいけば安くつけるというものであって、リスクとかそのリカバーにコストをかけないからその値段なのだ。
あくまで人命尊重の範疇で屋根のある場所を開放するだけで(それはやっている)、それ以上のことをやる義務はない。あたりまえだ。
それが嫌ならファーストクラスを買え。
そういうトラブルをも楽しむ精神的余裕がないのだね。それも旅なのに。
私なら楽しむけどね。空港で缶詰ですとか、時間が空いたから飲んでますとか写真とるね。
いや大喜びだろう。普通には入れない深夜の空港。そこで一晩過ごせる。トイレも水もなんとかなる。食料も届けられるだろうし買えるだろう。札幌なら土産物が山ほどある。酒も買う。そこでひそかに酒盛りてなもので。ホテルより楽しい。仮に翌日仕事でも飛行機飛ばなかったんでごめんで通す。

旅行ならではのトラブルも楽しめないような低レベルの人間が騒いでいる。
LCCはそういうトラブルに対処しないと明言しているところが大半ではなかろうか。それがいやならそれなりの金払えである。ファーストクラスを予約していればそれなりだろうし、不測の事態に備えて別ルートを抑えておいてもいい。まぁ金はかかるが。そもそもその日程で移動せねばならないという自らの設定を疑うべきだね。

無論飛行機が止まったことは望ましいことではなく客の責任ではない。だがそれで無限の権限を得たような発想も誤りだ。一本のコーラが不良品だったとしてシャンパンを代償に飲めないのと同じだ。この馬鹿どもはコーラがうまく飲めなかったからとシャンパンを要求している。

こういうことがまかり通ればサービス業はさらにガードが固くなりコストが上がる。少数かどうか知らんが馬鹿どものせいで節度ある利用者の料金が上がるのだ。
posted by Mozzo at 17:52| Comment(0) | TrackBack(0) | まじめな正論! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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