2008年09月16日

葬儀場はおイヤ?

裁判で意外な判決(私にとって)があった.

京都宇治にて近所に葬儀場ができたことで精神的苦痛を受けているとして,賠償と目隠しフェンスの増設をせよという判決となった模様.

http://www.asahi.com/kansai/sumai/news/OSK200809160088.html


訴えた側あるいはこの判決を批判するわけではないのだが,どうも共感できない感じがある.


まず,そんなに葬儀場がイヤなのかということが共感できない.迷惑を受けるとしたら物理的具体的な迷惑と精神的な迷惑の両面があるかと思う.物理的迷惑は現場の状況によってあるかもしれない.

たとえば周辺道路が全然整備されていないのに,日に数十台の車が出入りするとか,大きな建物で日照権や眺望権が損なわれるなどはあるかもしれない.だが,今回の判決は精神的苦痛・宗教的感情の平穏を指摘している.

自分に関係あるひとの葬儀ならともかく,関係ない他者の葬儀は精神的に苦痛で宗教的感情が乱されるようなものだというのだ.

判決は世間一般にそういう傾向があると言っているので,その判決が偏っていないとすれば私のほうが世間からずれているのであろう.


たしかに,新しく葬儀場ができる計画が持ち上がると激しい反対運動がおきるのが常である.反対する理由の中には実害(交通渋滞)などもあるが,精神的に葬儀場はイヤという感情,そして一般に葬儀場はイヤという感情があるから周辺の土地の価値が下がる迷惑をあげている.


しかし,死は誰にも訪れるものであり,葬儀は欠かせないものである.

葬儀は死を連想し死は不愉快なのであろう.別に死を愉快だとは思わないが,遺体がむき出しでごろごろしているわけでもない.

日本の平均的な宗教観(死を穢れと思うなど)や近年の死と死者を隔離する考え方が影響しているのであろうが,この辺は論じ始めると本がかけるので突き詰めない.


私の感覚では「ぜひ葬儀場にこそ近くにあってほしい」とまでは思わないが,その他の迷惑なものが近所にあるくらいなら葬儀場や墓地のほうが静かでよい.

たとえばパチンコ屋などができたら騒音と悪臭(パチンコ屋の周囲はすごいタバコのにおいだ)の具体的な迷惑をこうむるし,好ましからざる風体の人間が集まる.

パチンコ屋の開店前に並んでいる人々と葬儀に集まる人々どちらが雰囲気よいかと二者択一を迫られれば葬儀を選ぶ.

その他いろいろな意味で迷惑なものは多々ある.

学校や幼稚園,公園など一見迷惑施設ではないものも昼間の歓声やら人の出入りが迷惑と思う人もいよう.

田畑なども農業機械の騒音,農薬の使用,花粉の飛散(イネ科の花粉症がある人には田んぼはきつい)など迷惑に思う人には迷惑である.


それに比べれば葬儀場や墓地などは騒音が激しいわけでもなく有害な物質が出るわけでもない.昔の火葬場は独特のにおいがしたが今はそんなこともない.せいぜい,お盆に線香のにおいが漂ってくるくらいか.


それでもいろいろな考え方や商売の人がいるのだから,法令違反や具体的迷惑が存在しなければ法律(裁判)が出てくるものではないという感覚を持っている.なので,この判決が出たこと自体にも共感できていない.


見て不愉快,宗教的に気持ちが乱されるということを法律で裁けるのであれば,巨大な仏像が街を見下ろしているのも不愉快だから法的に裁いてくれといえる理屈になる.「奈良の大仏のように大仏殿に納めてくれ」くらいは言っていいのだろうか.


posted by Mozzo at 22:33| Comment(1) | まじめな正論! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
近くにあったらどれほど迷惑か分からないからそういう発言ができるんですね。
お通夜があるたび夜中だろうが外で大きな声で話され睡眠を妨害される。
キーレスの音やエンジン音やドアを閉める音で子供が起きて泣く。
常識はずれな親がいつまででも外でベラベラと長話してる間子供は大騒ぎ!その末自分も外で遊びたいと子供が泣き出す。

涼しくなって窓を開けて寝ようと思っても寝られませんよ?
すぐ横に面していると駐車場で喋っている時に吸っているタバコの煙や臭いが家の中に入ってきたり…
アパートなら引っ越せますが一軒家を高いお金を出して買っているのにその目と鼻の先に葬儀場が作られるのはいい気はしないと思います…

自分が第三者の立場で、そのような状況に置かれていないのにこういう書き方はどうかと思います。
Posted by 隣の家が葬儀場 at 2017年05月30日 21:39
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