2013年07月15日

選挙活動があまりに無意味だ

選挙なんである。
あほらしい騒動がまたかとうんざりする。

選挙というもの自体は民主主義上大切なことである。だがそのやり方が阿呆というしかない。選挙はいいが選挙運動が嫌いなのである。

以前にも書いたが選挙カーってなんだ!?と思う。
人通りの多いところで腰を据えて演説をする車は別に考えるとして、住宅地を流して走るあれである。
やつらはおそらく住宅の密度と効率というようなことを考えているんだろう。郊外だと思いのほか高速で駆け抜けていく。
しかも音が反響するから聞き取ることがむつかしい。
「!#*$U)R。。んすけでございます。日本の(#$I@#*」という感じで駆け抜けていく。ただうるさい人だ。何党かもわからん。

選挙ポスターは有効なのか。
バーンと候補者の顔を出してだ、ああ修正してるなと感心はするが、だ。
あれを見て投票行動を左右する情報を得られるのだろうか。もちろん文字は書いてあるが選挙カー以上に得られる情報は端的である。

選挙公報・政見放送というものもある。
政党・候補者のいうことを「そのまま」お伝えしますというものなのだが何の意味があるのか。
もちろん自分に都合のいいことしか言わない。ここに何らかのジャーナリズムがかかわっているなら、主張する内容に対して実現性とか予算とか副作用とか突っ込みどころがあるわけで、それを合わせて知りたいんだが「そのまま」なんである。

とにかく名前を連呼とか、タレント候補とか、有権者として馬鹿にされているようにしか思えない。そんな戦術が有効だというのは候補者も有権者も愚かだからなんだろう。

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迷惑な選挙カーや街頭演説を禁止して、公営討論会をやってもらいたいものだ。くだらない政見放送もやめて公営討論会を中継するのだ。
公と候補と双方から論点を挙げてそれらについてきちんと討論してほしい。
公平な立場の議長が政策に対する効果や実現性、コスト、副作用について明確にするのである。
また議長が公平であった自体も選挙で検証されていい。

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ネット選挙についてもくだらない制限があると思う。
ネット上で選挙活動が「若干」できるようになったのは進歩なんだろう。だが本当にくだらない制限ばかりでどうかしている。

なりすましだ中傷だと不正を防ぐというのが建前なんだろうが、自由な言論、あるいは正当な批判を妨害しようとしているとしか思えない。困る人がいるんだろう。

ネット上だからと言って特別な制限はいらない。ネット上なら聞きたくないものは聞かずに済む。制限するなら選挙カーが先だ。
ネットだけ制限しても意味はない。世に不正はあるのだ。怪文書なんてものは昔からあったし、買収なんてものもある。手紙や電話、ファクシミリでもなりすましはできるんである。ネットでなくても成立するのである。そういうものがあるという前提で判断を誤らない知力が必要なのだ。

この辺も有権者として馬鹿にされているような気がする。

posted by Mozzo at 09:50| Comment(0) | まじめな正論! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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