2014年08月31日

アメリカの銃の事故から見る 力を信奉する人たち

タイトルだけでは何が起こったか即座にわからないとんでもない事件である。

引用ここから====
9歳少女撃った短機関銃跳ね、指導の男性死亡
2014年08月29日 07時52分

 【ロサンゼルス=加藤賢治】米西部アリゾナ州の射撃場で25日、9歳の少女が撃った銃が反動で跳ね上がり、横で指導していたインストラクターの男性(39)が頭部を撃たれて死亡した。

 AP通信によると、少女は両親と射撃場を訪れ、イスラエル製の短機関銃を試射した。引き金を引いている間は連続して弾が出る銃で、反動で銃口が男性に向いた。両親はその様子をビデオで撮影していた。

 同通信によると、2008年には東部マサチューセッツ州で開かれた銃展示会で、短機関銃を試射した8歳の少年が反動を制御できず、頭部に被弾して死亡する事故が起きている。
2014年08月29日 07時52分 Copyright コピーライトマーク The Yomiuri Shimbun
引用ここまで====

短機関銃とはアメリカ映画に出てくるギャングが使っているような銃である。アル・カポネの世界である。手で持ってどどどと撃てるあれである。
短いというからには普通の機関銃もあるのだが、これはたいてい三脚や台座に据え付けて使うもので、手で持って撃つ銃砲類としてはかなり強力と言えよう。強力な銃砲としては「一発の威力が強い」ものと「連発が強い」ものがある。短機関銃はその名の通り連発が効くのが特徴だ。

私は実際に銃に触ったことなどないので正確なことは言えないが、9歳に短機関銃というのは常軌を逸していると思う。
この「イスラエル製の短機関銃」とはいったいどんなものかと思い、Wikipediaに当たってみた。

短機関銃・PDW等一覧
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%AD%E6%A9%9F%E9%96%A2%E9%8A%83%E3%83%BBPDW%E7%AD%89%E4%B8%80%E8%A6%A7

この一覧によるとUZIという機種に行き当たる。
UZIといえばアクション映画に登場したりもするのでその名前はなにかと目にすることがある。たしか、映画ターミネーターでも銃砲店でUZIをくれと言っていたのではなかったか。シュワちゃん乱暴で金を払わず店主を殺しちゃうけど(まぁ金持ってないか)。

WikipediaさんによればUZIといっても機種がいろいろあるらしいが、基本的には9mmの拳銃弾を用い、連射能力があるようだ。
文中にはオリジナルのUZIは重くて(3.8kg)連射時に制御しやすいともあるが、軽量化されたモデルは制御が難しいともある。記事の写真を見る限りどの機種かはわからぬが、9歳の子が一人で構えて射撃しているようで重い銃であろうがなかろうが制御は難しいだろう。台座に固定しているならまだしも。
また、日本人のように銃器が身近でないと9mmと言われてもピンと来ないが、これまた拳銃弾としては割と強力なものらしい。

というわけで、事故になるのも当然で、射撃場で短機関銃を撃てと連れていく親も親だし、それを止めないインストラクターもどうかと思う。インストラクターは死んだわけだが、正直言って同情はできない。子供本人は面白がって撃ったのだろうが結果はこれだ。起こした事態を理解できる年齢ではあろう。のちにトラウマになるのではなかろうか。

====
これを銃社会の病理と言ってしまえばそれまでだ。

これが銃規制反対派のいう「武装して自衛する権利」なのだろうか疑問だ。
仮にその権利を認めたとして、9歳の子供に短機関銃を撃たせる意味がわからない。記事にある「引き金を引いている間は連続して弾が出る銃」とはつまりフルオートということで、いかな銃社会のアメリカと言えど多くの州で所持が制限されるものである(アリゾナ州は銃規制が緩いというイメージだが)。

短機関銃でないと自衛できない敵が襲ってきたなら9歳が短機関銃で立ち向かってどうなるというのか。対処能力判断力から考えて子供に銃を持たせるのが解ではなかろうに。本当に自衛する必要があるなら大人がついている必要があるのだ。
短機関銃どころか拳銃ですら正しく扱えるとは思えない。期せずして現れた強盗を撃ち殺すより、家族やクラスメートを撃ち殺す確率が100倍以上高かろう。
これは、射撃場での話であって、日常で銃を持たせるわけではないという考えもあるのだろう。しかしこれで「銃は大人が持つもの、子供は絶対に触るな」と教育できるだろうか。
大人が銃を信奉し日常に銃があれば、子供は興味をもって触るだろう。さらに大人がより強力な銃を信奉するなら、子供の興味のベクトルも同じ方向に向くだろう。だから射撃場で撃ちたいと思うわけだ。
大人が大口径で連射の効く銃を信奉していることは動画サイトをちょっと検索すればよくわかる。反動で大人がのけぞるほどの大口径の銃を撃つシーン、ラジコン飛行機を飛ばして機関銃で撃ち落とすシーン。なんで素人が機関銃を持てるのが疑問であるのだが。そこには自ら生身の力を大きく超えた力を得て高揚した「まるでドラッグを吸ったような」人の姿がある。

ま、これは偏見なのだろうけど、今回のアリゾナもそうだし、テキサスとかいわゆる南部の州はでっかい車とでっかい銃が好きというイメージがある。
アメリカ全部が銃大好きというわけではないが、なんだか、そういう自らの生身の力を超えたものを手に入れたい誇示したいという人たちがいるように思えて仕方ない。

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これは海を隔てたアメリカの話だからと安心していいのであろうか。

銃にまつわる事件は日本に起きていないわけではない。
自宅に銃を保管していた、子供がいじった、暴発という事件がなかったわけではない。その他銃を持ち出して大ごとになった事件は多々ある。
それでも、銃は厳しく規制されているから危険性はアメリカとは比べ物にならないほど低いだろう。
だが、自らの生身の力を超える力を得たいという願望は変わることはないのではなかろうか。

そう思うとわれわれの生活にも警戒せねばならないものがあろう。
力がある、強いというのは古来から主に男性が強調してきたことである。強い男こそ優れているというのは、動物としては正しい方向でそうしてわれわれは進化してきた動物であるのだ。
そのため、現代の人間にもその傾向がみられる。
世の男性のファッションは強さを強調したものである。スポーツもまたしかり。
女性も強さを強調した方面に進む人もいるが、それが人間心理の複雑さというものではある。ま、男性に多いが男女ともにそういう人たちがいるということだ。

強そうな格好をしているだけで温厚無害な人はいいが、そうでないケースも多々ある。
なんといっても自動車やバイクである。大排気量でパワフルなものを求める傾向は、生活のその他の面でも力を強調するように思う。実体験として。
自動車やバイクも大きいだけでおとなしく運転していてくれればいいのだが、えてしてその性向が運転にも行動にも出るようである。怖い。危ない。

また、言動が暴力的という人も同じベクトル上にあるのだろう。語気荒く思考が雑で理屈無視。何かあって手を出すと手が後ろに回るので我慢はしているようだが、手を出さんばかりの態度。手を出す限界も低いのだろう。
こうした人が場にいるとやはり引きずられてしまっておかしな方向に進む。

乱暴運転も乱暴な態度も今のところ自分に被害を及ぼしていないのかもしれない。
だが、行動原理に暴力がある人はなにかあったときに暴力に訴える。偏見かもしれないが私はそう思っている。ゆえに遠ざけたい。

ところが、不思議なことにこうした人(たいてい男性)を豪快で頼れる人と見る人が少なくない。力を車に求めたり、力を誇示する人はそうしないと自我が保てないのではないか。そもそも本当に力がないからそうするのではないか。本当に力のある人は、自分の力だけでにこやかにかろやかに問題を解決するものだ。


posted by Mozzo at 05:03| Comment(0) | TrackBack(0) | まじめな正論! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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