2014年09月29日

AV撮影現場は穢れている? 倫理観の裏にある差別意識

提訴するのは勝手といえば勝手だが、その思考回路が気持ち悪い。
産経新聞から引用する。

引用ここから====
「AV撮影現場は保養所に不適切」 渋谷区議が提訴
2014.9.24 19:16

 東京都渋谷区が区民保養所に使うため購入した静岡県河津町の旅館が「アダルトビデオの撮影に使われた場所で、保養所には不適切だ」として、堀切稔仁区議が区長を相手取り、購入費用1億1千万円を旅館側に返還請求するよう求める訴訟を24日、東京地裁に起こした。

 訴状によると、旅館は3月に休業し、渋谷区は4月に土地建物を買い取る契約を結んだ。しかし、堀切区議が調査したところ、平成18年から昨年までに複数回、アダルトビデオの撮影に使われていたことが判明。7月に契約解除を求めて住民監査請求したが棄却されたという。

 堀切区議は「人々が安らぐための保養所にはなり得ない。老朽化が進んで購入価格も不当に高く、契約は無効だ」と訴えている。

 渋谷区によると、保養所は改修を進め、10月のオープンを予定。区は提訴について「監査委員の判断が出ており、適法と考えている」とコメントしている。
引用ここまで====

別にAV撮影が健全だと言いたいわけではない。
倫理的に批判があることも承知している。私はいかがわしいとしても世の中に必要なもの存在が許されるものはあると思っているが。

当然AV撮影は違法ではない。
いや、違法であったとしても「場が穢れた」とでもいうような発想はどうかと思う。

物理的には何の意味もない。
平均的な嗜好の作品であれば、男女が性行為あるいは擬似性行為をしてそれを撮影していただけのことである。
旅館であるから若いカップルが宿泊したこともあろう。旅行でビデオカメラを持っていたこともあろう。普通のことである。物理的にはAV撮影もカップルの旅行も同じだ。
せいぜい、カメラマンなどスタッフもいたかどうかの差か。
カップルが泊まった旅館なんて許せないとは言わんだろう。

どうも、この提訴のベースに偏狭な発想があるようにしか思えないのだ。
AV撮影を穢れているとばかりに否定するその根拠はいったいなんなのか。

二つの問題があると思う。
一つは性行為を享楽的にとらえることが悪いことだという発想である。
もう一つは場が穢れてしまったという発想である。

性行為を生殖行為ではなく享楽としてとらえるのがいかんのか。
先に挙げたカップルの旅行を例にすればそれが「生殖行動」である率はかなり低いだろう。性行為は二人のコミュニケーション手段だ。
愛する二人の性行為と、仕事での性行為(それを見て多くの人が自慰行為をする)は違うと言えば違うが「性行為を快楽としてプラスにとらえる」という意味では同じだ。
まぁ中には宗教的倫理観により避妊することや性行為により快感を得ることを認めない人もいるが異端として無視する。

個人的にけがらわしいと思うのは勝手だし、内心の問題を止められるものではないが、これを提訴という形で他人に押し付けることがはたして妥当な姿勢なのかは疑問である。
ましてや議員というのは法律を通じて人の権利を左右できるのである。自らの信条の公開についても慎重であってしかるべしと思う。

多くの人(現代では顕微授精もあるので)は性行為を元に生まれてきたのである。古来生殖の手段としてのみならず、個人のコミュニケーションとして、集団の新和機構として必要なものだったのである。AVとて、主に男性の性的衝動を鎮めたり刺激したりで世の中うまくいくようにする装置なんだと思っている。こういっちゃなんだが、ビデオも満足になかった昔では独身男性(彼女なし)の妄想が膨らみ切っていておかしなことになっていた。見てしまえばなるほどこんなもの、だ。
うまくいっているのである。
端的に切り出してAVだけをけがらわしいと言ってしまっていいのだろうか。

もう一つの場が穢れてしまったという発想について。
気に入らないものを穢れとして拭い去れないものとしてラベルを貼ってしまえば、もう挽回する方法はない。穢れは物理的な汚れとは別物で感情的なものである。
今回は建物であるからまだしも、こういう発想をする人間は同じことを人間にもやるのではないかという心配がある。つまり差別だ。

AVを撮影したからと言って建物が特に不潔になったわけでもなく、壊れたわけでもなく、機能を損なったわけでもない。それは先にカップルの旅行者の例で説明した通りだ。
AVを撮影したことと旅館としての機能の良否に因果関係は一切ない。
ところが、この議員はAVは自分の倫理観で気に入らない→旅館の価値を損なったという飛躍的な論理に乗っかってしまっている。気に入らないから具体的な(物理的な)方法で制限するということが通ってしまえば反論できないではないか。
これを人間に対してやられてしまったらどうかと想像してほしい。
ある仕事をするのに、その人の障碍や病気がなんら影響がないとしても「勤まるわけがない」と決めつけられてしまったら。性同一性障害はおかしな人間だから認めたらいかんと言われたら。性アイデンティティと仕事ができるかどうかは関係ないのに。

====
こういうことを臆面もなく提訴まで持っていける人間というのは、自分の感覚に合わない人間をすべて否定するのだろうなという気がする。
社会の少数派に対し乱暴な発言をしたり、企業で差別的な取り扱いをするのはいつもこういうタイプだ。自分が正しいと思っていることが正しく、そこから外れているやつは異常だと。
posted by Mozzo at 06:33| Comment(0) | TrackBack(0) | まじめな正論! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。