2014年10月27日

ちょっとした美しい作法について

吉野家にちょくちょく寄る話だのセルフサービスの讃岐うどん屋に行く話だの私の立ち回り先はパッとしないといったらない。
で、吉野家の話である。

私は人間観察が好きなのでカウンターで食事する人を観察していた。
一人の中年男性が会計しようと伝票をもって「ごちそーさん」と声をかけた。ところが、店員さんは別の客の料理を提供しようというところで、「少々お待ちください」ということになった。間が悪いがまぁ当たり前の話。
と間をおいて、もう一人の中年男性が伝票をもってお支払モードに入った。
まぁこれもよくある光景。

その後、店員は忙しかったからなのか気づかなかったのか、二番目の男性に先に対応しようとしてしまった。まぁそういう間違いもあろう。人間だもの。
一番目の男性は怒り出すでもなく、静かに立っていた。二番目の男性は「あちらが先です」と一番目の男性を先にせよと言った。

一番目の男性は会計を済ませると、二番目の男性に「どうも」と軽く礼して去った。

ああ美しい光景。

====
この二人の紳士(ついそういいたくなるね)は奥ゆかしく礼儀正しい人なんだろう。
作法もいいに違いない。実は人間観察の一環でこの二人に注目していたのだ。吉野家では珍しく食事姿が美しい。背筋も伸びて、箸の使い方もきれいであったからだ。残念ながら犬食いの人が多いのだ。

ただ、単に奥ゆかしい礼儀正しいという見方だけでいいのかと思わされたのである。

今の世の中、この二人のような人ばかりではない。我先にと争う人、他人が優先されると怒り出す人は決して珍しくない。
さらにいえば、それがおろかな騒動につながることも決して珍しくない。飲食店や病院、物販店で延々と怒鳴り続ける人を見かけることもある。怒鳴られるくらいならまだしも、怪我させられたり殺されたりという事件もないではない。

他人に先を越されても怒らない、自分が誤って優遇されたら辞退するというのはうまい対処だということもいえよう。
会計の順番などせいぜい1分の差も出まい。引いておけば身の安全が図れるといえる。
ことに現代はいろんな人が社会にいる。外国人もいる。他人よりも前に出ることが至上命題になっているような国の人もいるのだ。

そういう意味ではあのお二人は奥ゆかしく礼儀正しいだけではなく、巧みであるともいえよう。いや、このうまい身のかわし方こそが日本の作法であり民度であるのではなかろうかと思うのである。これが社会をうまく回す潤滑油なのである。
どうしたって図々しい人、傲慢な人はいる。これをうまくかわすのが見識なのである。

これをスマートにやるためには周囲に目を配っていなければなるまい。
自分が先だったのに、ということはたいていの人が気づく。でも怒らない。そこまでは まだできよう。だが、あちらが先ですは目配りせねばできることではない。
とはいえ、すべてに気が付けというのもなかなか無理のある話で、場にいるすべての人間が阿吽の呼吸で動くというのが最も美しい。互いに気づけば美しいし、それに気づかなければ引けばよろしい。気づいてくれたらそっと礼をする。

それができる人間になろうではないか。
posted by Mozzo at 22:09| Comment(0) | TrackBack(0) | まじめな正論! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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