2015年01月04日

うまいものの話:正月だけに餅の話

この時期お餠に飽きたら、なんてレシピが新聞やらWebページにのっている。
ばかばかしい。お餠に飽きるなんてことがあるはずがなかろうとおもうのだが世間はそんなものなのだろうか。
餠の話は以前にも書いたのだがまた書く。内容もたぶん同じようなもんになろう。

拙宅はお餠が好きである。
なぜ世間では正月一時期の食べ物とみなしているのかがわからん。年中うまい。
暑い夏とて炊き立てのご飯を食べるだろうに、つきたての餅ではいかんのか。
事実拙宅では年中パックのお餠を買う。餅つき機を買うこともかなり本気で考えたのだが、炊飯器からご飯を取り出すようにはお餅を簡単に扱えないと思ったので断念した。餠米と水を入れたら小さくなった餅がころころと出てくる機械が売り出されたら確実に買うと思う。

パックのお餅も充分に美味しいが、年末に予約を取って売る米屋のお餅や自宅の餅つきで作るお餅のようになにか「餠の繊維組織」を感じさせるようなぶりぶりと力強い餠が懐かしい。実際には餅にそんな繊維組織はないが。パックのお餅はなめらかすぎるのだな。特に材料に米粉を使った安いのはだめだ。国産杵つきに限ると思うがそれでもなめらかすぎだ。

さらに不満なのが外食で食べられないことである。
正月とて餅をメニュにのせる店は多くはないのではないか。
かつて、とある大きな飲食店で「全国のお雑煮フェア」と称して各種お雑煮を出していたので感涙しつつ腹がはちきれんばかりに食べた記憶があるが、お雑煮を外食で食べたのはそれきりである。
正月以外となれば、うどんを出す店のごく一部で力うどんとして出されるか、鍋を出す店のごく一部で締めのご飯やうどんの並びにひっそりとあるくらいである。磯辺焼きを出す店もなくはないがマイナーもいいところである。

同族のご飯をベースにする店は山ほどある。寿司屋は当然としてどんぶりもの全般、カレーライスなど洋食系もご飯がベースである。おにぎり専門店なんてのもある。外国料理の店でも日本風アレンジの店ではご飯を出す。ま、お米の国であるから当然。
しかし、他のでんぷん族を見てもそれぞれ活躍場所がある。
スパゲティ、ピザに専門店あり。うどんそばもしかり。サツマイモだって焼き芋屋があり、ジャガイモにもフライドポテトが幅を利かせているし専門店すらある。ベイクドポテトなんてものもある。
山芋ですら(?)麦とろだのとろろナントカだの主要メニュになりおおせ、専門店まであるというのに餠はそうはいかぬ。なぜだ。

専門店がないことについて、また季節営業であることについては、そうめんも同じようなものであるが、餅が「私たち似てるよね〜」と近づいたところ「僕らは季節営業とはいえ流しそうめんという檜舞台がありますしね。それに高級贈答品ですから」と冷たくあしらったという。
餅つきもイベントでは成立している。流しそうめんと比べて餅つきの魅力が劣るわけではないが商売としては流しそうめんが数段上だ。お金を出して流しそうめんを食べるのはあってもお金を出して餅をつくとか、餅つきを見るってない。ましてや贈答品としてはかなうはずもない。そうめんが言うことが正しい(言ってない)。

なぜこうなるのか。お餅に魅力がないというならわかる。お餅を好きなのなんて拙宅だけだというならわかるのであるが。
変な話ではあるのだが、毎年この時期にはお餅をのどに詰まらせる事故が報道される。気の毒ではあるが裏を返せばのどに詰まらせる危険を冒すほどうまいということなのである。
今や餅をのどに詰まらせる危険は誰しも知っている。ましてや老人が家庭にいれば常識と言ってよかろう。当人も注意もするだろうし家族も言って聞かせるだろう。
うまくもないのに風習だからといやいや食べているならここまで事故が起こるだろうか。うまいからだ。うまいがゆえにがっつき、のどに詰まらせる悲劇なのである。

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なぜ外食で食べられないのだろうか。

供しにくいという側面はあろう。
ご飯ならば温かいままジャーにストックし盛れば供することができる。
蕎麦やラーメンなど細い麺は数分茹でたら供することができる。
うどんのように太い麺はそうはいかぬがゆでおきも冷凍という手もある。ゆで時間が長いとはいえせいぜい20分。

餠の場合注文のたびに搗くのは当然無理として、固い餠に対して注文前にしておけることが少ない。
温めておくとでろんと溶けてしまったり、乾いてしまったりと始末に負えぬ。
注文を受けてから焼くにせよゆでるにせよ時間がかかる。電子レンジで温めれば早いが料理法が限られる。
屋台の磯辺焼きなんてのは注文を見越して焼いておくわけだが、経験と手間を要するしそれなりにロスがある(そうでなければとんでもないものを売っている)。

しかしそれを言ったらピザだって商売として成り立つまい。

うどん屋で温かい汁を張ったうどんを出すがごとく、雑煮を出す「餅屋」があっていいと思うのである。
餅屋という言葉自体が餅を外食で食べないことを表している。
餅屋というと餠をついて売る店であって、持ち帰り自宅で調理して食べるものである。さらにいえば年中営業の餅屋はほとんどない。越後製菓とか餠メーカーを別とすれば和菓子屋の一部が草もちを売っている程度である。また和菓子屋の草もちの多くは米粉を使った菓子としての餅であって、もち米をついて作る食事としての餅とは少々違う。

成り立つと思うのだが。外食としての餅屋。
うどん屋で温かいうどんにいろいろあるようにさまざまな具を合わせた雑煮を出す。雑煮の餅は角か丸か、焼くか焼かないかの議論があるが、裏を返せばバリエーションを増やせるということになる。具の種類×丸か角か×焼くか焼かないかであっという間にメニュは4倍。
ざるうどん、ぶっかけうどんがあるように焼いた餅をベースに大根おろしやとろろを添えたり天ぷらを添えたり(合わないか?)。鴨つけもいい。カレーと餠も合う。羊とほうれん草のカレーなんて本格的なのに焼いた餅。鉄板だ。

うーん自分でやりたくなってきた。誰か資本金を出してくれぬか。
ま、何の経験もない私がやるのは冗談としても、蕎麦屋やうどん屋、定食屋あたりの経験があれば差別化を考えてやってみたらいいと思うのだが、だれもやらないところを見ると受けないのか。

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餠を美味しいという人は多いと思う。私の周囲でも餅が好きという人はいる。
しかし、「太る」「胃にもたれる」ということで敬遠する向きもいるようだ。

結果としてそうなるのかもしれぬが、それは濡れ衣というものだ。
確かに餠は見た目よりもカロリーは高い。同じカロリーのご飯と比べると餠は小さく見える。
それは当たり前の話で餠は米を突き固めたものだからそうなる。冷静に重さと含水率を考慮して比べればいいのである。調理する前の餠は含水率が低いので相対的にカロリーは高くなるが要するに米だ。

胃にもたれると言っても特別に消化の悪い食品ではない。クリームやバターたっぷりの菓子や料理のほうがよっぽどたちがわるい。

結局は食べやすく美味しいから食べ過ぎるのである。食べ過ぎれば何でも太るし胃を悪くするのは当たり前のことである。
食べやすく美味しいからいかんと言われたら言い返せない(誰に?)のだが、食べにくく美味しくない食べ物を食べていて何が楽しいのか。それでないと健康が保てないのでは愚かなのではないかと思うのである。

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パックの餅は災害用の保存食料としても優れている。
災害時の食料といってもレベルがいろいろある。
災害直後の電気も燃料もなく、水も飲むための最低限の量しか手に入らないという段階がまずある。そこから、燃料はあるけど電気はないとか鍋はあるけど電子レンジがないとか、徐々に復旧していくものである。
電気も燃料もなければ固い餠は食べられない。せいぜい乾パンとかカロリーメイトのようなものだけになる。だからそれらが優れているといえばそうなのだが、これだけでは体の栄養はともかく心の栄養が足りない。毎食それでは参ってしまう。
だが電気が復旧して電子レンジが使えるとか、燃料があって鍋でもフライパンでもいいから使えれば餅が食べられる。調味料は最低醤油でもあればいい。
生の米ではそうはいかないし、パックのご飯(容器が食器になるタイプ)は電子レンジが必須である。袋タイプのレトルトならお湯で温めることもできるが時間がかかる。
ましてや乾麺あたりではどうにもならない。
汁ものを作れるようになれば、そこに入れるだけで雑煮になるし、いろいろ使い勝手がいいものである。
ストックしておくのも悪くないと思うがどうか。

拙宅でもストックしておくようにと思うのだが、欠点はいつの間にかなくなっていることである。

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日頃お餅を食べるという家庭でも多くはパックのお餅だろう。拙宅もそうだ。
日曜日になると臼を出してきて一週間分のお餅を搗きますなんて家庭があればそれは素敵なのだが。お父さんがねじり鉢巻きでね。上半身裸で杵をもってね。紅白の腹巻に猿股姿で。やっちまったなとか言うてね。それはクールポコや。

パックのお餅は見た目白い餠がパックに入っているだけで(当たり前じゃ)区別がつかない。その割に安いものと高いものの差がある。
食べてみればわかるが値段相応の、いや値段以上の差はあるのである。

ポイントは「国産もち米100%」「杵つき」である。そこに有機栽培などいろんなキーワードが乗っかっちゃうとさらに値段は上がるが、この二点は押えておきたい。。

「国産もち米100%」「杵つき」の餅を作る工場ではどのように作っているか。

まず米を選別する。むろん工場に搬入された時点できちんと選別されているのであるが工場ではもうひと磨きする。
光学センサーで色がおかしい米、異物を一粒ずつしらべ跳ね飛ばすのである。大量の米粒に対してそれをやるのであるから大したものである。
そのあと米は水につけ、蒸される。
蒸した米は回転する羽のついた機械でこねられる。その時点でぱっと見た目は餅である。昔ながらの餅つきでもいきなり杵を振り下ろしてぺったんぺったんと搗くわけではない。ぐりぐりと押し付けるようにこねる。これを機械でやるのである。
そのあとひと塊ごとに分けて移動するライン上にある臼に入れる。この臼とセットになっている杵が上から何度もつくのである。このへん、手でつくのと同じことを馬鹿正直に再現しているように思えて微笑ましい。製麺だと連続的に伸ばして押えて重ねてという工程で、見た目は手打ちとは似ても似つかないのだが手打ちと同じような腰を再現するのだ。そこが技術と言えばそうだし、味気ないと言えば味気ない。その点餠は本当に杵でついているのだからいい。あの機械の杵が上下しているのを一日中眺めていられるような気がする。

臼はラインを移動しつつ自ら回転する。それにより手で餅を返すのと同じ効果がある。手でやるのと違い手水をつけないので餅が緩まずよいともいう。これがまた、文字で表現することはできないのだがまるで見えない手が餅を返しているようでよいのである。これも一日見ていられる。
搗きあがった餠は平らな板に広げられ圧延冷却される。手作りの場合にのし板に広げるのと同じだ。ただもちとり粉を使わないので餅は粉っぽくならない。
冷やして固まった餠は切り分けてパックされる。

さて、「国産もち米100%」「杵つき」ではない餠はどのように作るのか。そしてそれはどうして安いのか。
「国産もち米100%ではない」としたら輸入米も入っているんですね、とたいていは思うだろう。違うのだ。
輸入品でももち米100%ならばまだよいのである。国産か輸入物かの区別はつきづらい。もち米ではないものが使われるから味が大きくちがうのだ。
安い品ではもち米ではなくもち米の粉が使われる。粉を使うと先に書いた製造工程で言うとこねるところでもう餅になってしまう。見た目は餅だがつくことで生まれる腰や食感がない。むろんもち米で作った餠でも杵でつくと(ちゃんとした和菓子の餅はそのようにする)食感がよくなるのだがわざわざコストをかけてそんな機械を入れるだろうか。
また、本来もち米の粉というものは伝統のある優れた食材である。
製法により白玉粉や道明寺粉などがあるが、これらは和菓子などに使われる優れた食材である。まっとうなものはきちんとしたもち米を加工するのであるからもち米よりも高価だ。
しかし、もち米の代わりに使って大幅なコストダウンになるのだから、どんなものかは推して知るべしだ。多くは輸入品だという。
また微細な粉になってしまえばさすがに光学センサーで異物や着色米をはねるわけにもいかない。果たして海外の製粉工場でそこまでの品質管理をしているかどうか。

さらにはもち粉ですらないでんぷんを入れたものもある。ある種のでんぷんを入れるとなめらかさや独特の腰が出るので重宝されるのである。なにか新しい食品として美味しいのかもしれぬが、餅としてはうまくない。

材料がいい加減で製法も手抜きでは美味しい餠になるはずがないのである。

1kg入りのパックで何百円という差がつくと思わず安いほうに目が向くが冷静に考えていただきたい。どんな高級品でも1kgで千円にはなるまい。お肉と比べてみていただきたい。けちるところではない。
ぜひ「国産もち米100%」「杵つき」を選んでいただきたい。
posted by Mozzo at 14:12| Comment(0) | TrackBack(0) | うまいものの話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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