2015年06月20日

新しいサブテーマ 患者のプロ 始めます

細かいことから大きなことまでぐちぐちと書くわがブログ。
サブテーマがいくつかあって、たとえばうまいものの話というのがある。これはグルメ情報でもなんでもなくて食べ物を切り口にぐちぐちと書くのである(テーマ分ける意味あるのか)。

さて今回「患者のプロ」というサブテーマを立ち上げた。
設定しただけで最初の投稿がないのは、テーマを作成したのに投稿の操作を失敗したらしく消えてしまってふてくされていたためである。残念。今回いちから書き直しである。

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以前にも書いたが私には持病がある。いくつもある。
幸い、今すぐにでも死んでしまうかわからないとか、日々の生活に苦痛があるとか、そうした重病ではない。定期的に診察を受け、時に大きな検査も受け、薬を飲むことでまぁまぁ普通の生活ができている。

最低限月に一度は病院に行き、多種の薬を処方される。
健康保険があるとはいえ医療費は相当なものである。
この健康保険の制度には感謝する。先進国の中ではもっと健康保険が手厚い国もあればアメリカのように健康保険がない国もある。アメリカでは個人で医療保険に入るわけだが日々に暮らしに追われてはいれない人もいるし、保険に入っていてもえげつない免責条項があって自己負担が大きいとか問題があるらしい。怪我病気が破産の原因の上位に上がるとか。

多種の薬を飲むことは決していい状況ではないのだが、そのうちのいくつかは飲まないと苦しくて夜も眠れないくらいになる。素晴らしくよく効く薬が含まれている。
普通に眠れて普通に起きられることができる。普通に外出できる。いくつかの製薬会社のありかたには疑問もあるが、こうした技術に対しては感謝している。

医師も進歩していて、私の主治医と、主治医から各専門医を紹介されて通院する医師がいるのだが、それも名医といっていい。話をしているだけで知識豊富、勉強熱心ということが伝わってくる。患者の話を聞いてくれる。なにより、儲けより患者の苦痛を減らそうと考えてくれるのがよくわかる。薬を減らそうというのは考えるのがむつかしいし何の儲けにもならない。
投薬コントロールというのは面倒なもので、ある時処方したものの効果が短くとも1週間長ければ1か月後に結果が出てそこで判断を修正していくようなものであるのだ。火星に送った探査機に「右に行け」と指示を出しても応答が返ってくるのが何分もかかるという。地球と火星の距離(位置関係による)により光の速度でもそれだけの時間がかかるのである。それよりむつかしいのである。変なたとえだが。
正直なところ世にレベルの低い医師(主に人格的に)もいるにはいるのだが、私は素晴らしい医師に恵まれて感謝している。

薬剤師も素晴らしい。
勉強して資格を取ったとはいえ、毎年新しい薬が登場し、既存の薬にも病気にも新しい知見が次々と生まれる。これを勉強しつつ日々の業務をするというのは大変なことである。
たとえば薬の禁忌というものがある。ナントカという病気に効くという知識だけでは足りない。その病気には効くがほかのある病気を持つ人には悪いということがある。病気ではなくとも妊婦とか。あるいは別の薬だの食品だのと飲むといかんということもある。
その他、こういう場合には薬を飲むなとか飲んでもいいとか、こういう症状が出たら相談してくれとか注意して患者に伝えなければいけないことは山ほどある。

無論そういう資料はあるだろうから、その都度調べて説明することはむつかしいことではない(資格がある人だから)。
だが、処方箋を提出して薬を受け取るまでの時間でそれをやるにはその多くが頭に入っていなければ不可能だ。
医師も薬剤師もある意味「接客業」であるわけで、その当座で専門知識を活用するということは大変なことだ。私は一晩考えたいタイプなのでとてもまねができない。

薬剤師というのは細かく正確な人でないと務まらないなと思う。
処方箋というのは病院ごとに表現が違うし、読みづらいものもある。幸い近年では手書きは減ったようだ。そこから間違いなく処方を読み取り、間違いなく薬を出すだけでも大変だが、そこに前述の知識を駆使してあらゆるチェックをしてくれる。疑問があれば医師に確認して処方を変えさせることもある。
これは以前書いた話だが、私の場合薬の種類が多く変則的(在庫調整のためにいったん止めるとか)なので処方箋の間違いが多い。本当に多いのである。
無論自分自身でチェックしていて(これしない人多いでしょ?)、病院の窓口で指摘したこと(これを勝ちと呼んでいる)は数知れずなのだが、微妙なところが違っていて見抜けずそれが薬局に流れてしまうこともある(これを負けと呼んでいる)。しかし薬局はきっちりチェックしてくれる。当たり前と言えば当たり前かもしれないがこれまでの薬歴を踏まえてチェックする体制ができているからである。
薬剤師の活躍にも感謝している。

医師と薬剤師は医療の現場で大きな中心となるのだが、それを支えるスタッフがいなければ成立しない。どんなに小さな開業医でも看護師も医療事務もいないでは成り立たないのではなかろうか。医師が全部賄うこともできようが、どんな閑散とした医院なんだということである。

実務的な役割分担の部分でも感謝しているのだが別の面もある。
正直なところ医師の平均値としてはコミュニケーション能力が低い。そこを補うのが看護師や医療事務のスタッフであるのだ。
医師は医療のプロだが、患者はたいてい患者の初心者である。医師がつい使ってしまう専門用語や専門的な概念が理解できないこともある。また自分の病状をうまく説明できないこともある。内科にかかっているのに目の病気のことは話さなくてもいいだろうとか。緑内障なら出せない薬とかあるのよ。
本来であればそこは医師がうまくやらねばならないのだろうし、それは義務なのであろう。しかし、ことにお年寄りなどではお互いに徹底した理解の上では時間がかかって仕方がない。

ここで看護師や医療事務の人が威力を発揮する。
ちょいとした生活指導的なこと。こういう食べ物を避けたほうがいいよとか、こういう運動がいいよとか。看護師が雑談的にでも教えてくれることがある。診察前に「これこれこういう症状は出てないですか」と聞いてくれることもある。医師の前では今一つ臆してしまう人も(私は全然違いますが)看護師にだとうまく話せることもあろう。
患者の病状の情報とか医療知識が限定される医療事務の人とても、処方箋や明細について問い合わせると、(むつかしい内容は医師と相談だが)的確に説明してくれる。
病院によっては患者が持っている薬の量も理解していて、次回の予約までに薬が持つかどうかということを確認してくれる。

また、そうした実利的なこと以外にも、診察時間は医師の前で緊張もあるが、待ち時間や受付、会計の時間に人間らしい会話ができればそれだけで患者の気持ちは和らぐというものである。

スタッフにも感謝。

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と日頃の医療関係の生活を振り返り関係者に感謝したところで、ここで偉そうなことを言う。
私は患者のプロではないか。いや、プロというのは本来「職業としている」という意味があるので別に患者で飯を食っているわけではないから間違いだが、象徴的な意味で。

この感謝をただかみしめるだけではなく表現するとともに、患者の素人の方々にいいアドバイスをしてやろうじゃないかという実に偉そうなテーマであるのだ。

初回の話題はジェネリックだ。

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追記
過去の投稿も医療関係はこのテーマに移動することにした。時系列で前後することになる。
posted by Mozzo at 19:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 患者のプロ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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