2015年07月20日

感電事故 未来に向けて何を直すべきなんだろうか

またも悲惨な事故が起きた。
獣害除けの電気柵の電線が切れて川に垂れ下っていて感電死したというものだ。

被害者の方に失礼になるとも思うのだが、意外な事故である。こういうことはサスペンス映画やアクション映画の中だけで起こることだと思っていた。
不思議なのである。電気に詳しくないが、電気は流れやすいほうに流れるということは聞いたことがある。

側撃雷というものがある。樹の下など高いものの横に立っていると樹に落ちた雷が人体にルートを変えるというものである。樹のてっぺんから樹の幹を通って人間の頭にルートを変え、それが足から地面に抜けるわけである。
樹と空気と比べると樹のほうが電気が通りやすいから樹に落ちる。
樹をそのまま地面に通っていくよりも、空気をまたいで人間の体を通った方が通りやすいということらしい。

ということは、電線が垂れ下っていたらその最短距離で電気が流れるのではなかろうか? 仮にどんなに水より人体が電気を通しやすいからといって、両極が1m離れて水につかっていて2m離れていたら水をまたいで人体に電気が流れるわけがないと思うのだが。理屈がわからないのである。
大きな動物も倒すという電気ウナギも離れたところから攻撃するのではなく体を巻き付けるようにしていた。
それとも垂れ下っていたのは1極だけでそこと地面(アース)に電気が流れるルートができているということなのだろうか。

感電したのは事実であるのだから、なぜそうなるのか、実感を伴う理解をしたい。だれか詳しい人が説明してくれたらいいのだが。

====
というのも、実感がないからこういう事故がおきたのではないかと思うからだ。
電線が垂れ下った電気柵の施設は法令違反だったらしい。かかっている電圧によって漏電遮断装置(いわゆるブレイカー)を取り付けることが義務になるという。この施設にはなかった。
農家もそうだし、大工さんとか、電気のプロではないのだけど仕事で使ってそこそこ自分で設置したり直したりすることができる人がいる。
当然法律にまでは詳しくないし、専門的かつ体系的に学んだわけでもない。
30Vでプロが作った設備を見て100Vでも同じだと自分でやってしまうかもしれない。交流と直流の区別がついていないかもしれない。アースの必要性とか。
私が見た例で一番危険だったのはコンセントとプラグの向きが逆だった自作の装置である。工芸家の人が使っていた。
電源ケーブルというのは電気の入口と出口がはっきりしている。入口がプラグ(飛び出している)出口がコンセント(引っ込んでいる)である。
両方がコンセントというケーブルを使っていて装置に接続しているのだが、ということはケーブルのどちらかの端につながれているプラグは出口なのである。回路がつながれば使えるっちゃ使えるが危険極まりない。

最近は何でも堅牢かつ安全になってしまった。水に関しても濡らすどころか水に放り込んでも平気で使える製品がたくさんある。いいことなんであるがどこかで電気は危険という実感を薄れさせないだろうか。無論100Vに感電したら危険という知識はたいていの人にある。だが実感がないと注意が散漫になる。

====
この先どうすべきなのだろうか。この悲惨な事故を教訓に同じことが繰り返されないようにするのが生きている我々の使命である。そのつもりはなかっただろうが、結果的に貴重な命を犠牲にして世間に危険を知らせてくれたことを無駄にしてはならぬ。

知識の啓蒙ということが正道ではあるのだろう。水に電極を入れたら感電するとか遮断装置がいるということをしらしめ、自律的に危険を回避するのが理想ではある。
だが、その策に実効性があるだろうか。
農家や職人など自営業の人、技術で食っている人は言っちゃ悪いがある意味自信家だ。しかもコスト競争にさらされている。
「なあに自分で作れるさ」と過信してしまう傾向は残念ながらある。安全対策の完璧な専門メーカー製を使うべきだと勧めてもコストがかかるから嫌だという。
そもそも自作が趣味という人も多い。よく名物おじさんとかで何でも作っちゃう人いますね。下町のエジソンとか言って。

結局公がチェックして、撤去勧告を飛び越して即時撤去を命令・強制できるようにすべきなんだろうか。なにか悲しいが。
パソコンやら書類やらで仕事が完結する商売の人には想像できないのだが実際にものを作る現場の人の周りには高圧の電気、飲んだら死ぬ毒、漏れたら環境破壊の油、死ぬほどの高温の熱源、手指どころか体真っ二つも可能な機械、落ちたら確実に死ぬ場所での作業、下敷きになったら確実に死ぬ重量物などなど危険が山のようにあるのだ。そして彼らは良くも悪くもそれに慣れてしまっている。
人間ゆるみというものはあるものだ。
大企業の工場ではそうした人間の特性がわかっていて、チェックや基本動作の徹底をしているが、それでも事故が起こる。ましてや零細・個人経営の現場では事故が起きないわけがない。

害と戦うには何らかの悪い物が必要である。
病気に薬。薬とは毒の別名である。
害獣に電気ショック、猟銃。
ゆえに間違えれば事故になる。プロに任せたほうがよい領域はある。電気設備はプロに任せて「害獣が来ない環境で農業をできる」ことは公が保障すべきなのかもしれない。
その論を突き詰めると「害虫が来ないことが前提」「病気にならないことが前提」とかなってしまってどこかで線を引かねばならぬが、害獣対策は個々の農家に任せることではないのかもしれぬ。

残念ながら理想的で実効性のある案が考え付かなかったが、この事件を教訓にしてということは強く訴えたい。
posted by Mozzo at 19:34| Comment(0) | TrackBack(0) | まじめな正論! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/422699490
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。